経済的自由と資本主義
権力を分け与え、支配者と非支配者の格差を平準にしていくことは、安定支配のために、非常に重要なことであった。
ただ、分権と同時並行的に実現した経済的自由は、権力構造とは異なる新たな格差を生みだした。資本を持てるものと持てないものの格差である。
貨幣に依存しない経済、物々交換の経済であれば、搾取は比較的少ない。生産手段に差がないからだ。だが、貨幣経済に移行することによって、人は、労働力を売ってカネに変える必要が出てきた。
労働者が資本家に労働力を売る。資本家は、労働の価値分の対価は渡さず、少なく渡す。それが、資本家の利潤となる。資本家は、労働者からの搾取によって蓄積を一方的に拡大する。
利潤は、労働力の需給関係によって決まる。機械化が進展して省力化が進めば進むほど、労働力は買い手市場となり、労働力の仕入れ値が安くなる。
ここに、機械化が進展しても、労働者は豊かにならない構造がある。産業革命によって、「人間は1日4時間働けば、十分だ」と言われたそうだ。だが、機械化によって、女性や子供でも労働に参加できる環境になり、労働条件の劣悪化は、ますます進んだ。
劣悪化の針を逆に戻すのは、労働者が政治力を持ち、社会的規制たる労働法制が確立するまで実現しなかった。
労働法制は、人類の叡智である。だが、近年のIT化とグローバリゼーションによって、産業革命による機械化の時代と同じような、労働ダンピングの危機に瀕している。
