【読書】私塾のすすめ(ちくま新書、斉藤孝・梅田望夫)
最近、読書量が減っていることに気付いた。何ごともバランスは難しい。
表題の本を買ってきて、読み出したところ。
趣旨は、
●個人の確立のために、やる気のある人たちが集合した「私塾」が求められている
●ネットは、時間・空間の制約を超えられるので、現代的な「私塾」として機能できる
といったところだろう。
読了したら、書評を改めて上げる。
最近、読書量が減っていることに気付いた。何ごともバランスは難しい。
表題の本を買ってきて、読み出したところ。
趣旨は、
●個人の確立のために、やる気のある人たちが集合した「私塾」が求められている
●ネットは、時間・空間の制約を超えられるので、現代的な「私塾」として機能できる
といったところだろう。
読了したら、書評を改めて上げる。
来月に、四天王寺で、著者の講演を聞く機会があるので、改めて本を一冊読んでみた。
著者は、京都大学副学長で、臨床心理士。「プロカウンセラーの聞く技術」「プロカウンセラーの夢分析」などが、ベストセラーになった。
悩んでいる人は、悩みを取ってほしいと思って、カウンセラーを来訪する。だが、カウンセラーは、悩みを深めるのが仕事である。なぜなら、悩みを深めることをしないと、同じ悩みを繰り返すことになるからだという。
これは、自己破産によって借金を棒引きにされた債務者が、凝りもせず、借金を繰り返すことに似ているという。
悩みの多くは、自分の現実と理想の乖離から生じる。当人の知識不足が悩みの原因なら、知識を与えればよいが、知識を持っているがどうすることもできない場合は、助言がどのように立派なものであっても、無力である。
周りの人の助言が、あまり効果がなく、かえって当人を怒らせることがある。このようなときの助言の大部分は、当人が実行できないような助言である。悩んでいる人に、できないことを要求するのは、その人の無力さを指摘することになる。
たとえば、国語はよくできるが算数はできない子供に、「国語はよくできるから、算数をもっとがんばれ」というと、多くのこどもは、国語まで駄目になる。
著者は、思い込みを防ぐ方法についても、書いている。
思い込みを防ぐ一番有効な手段は、自分の意見や見方に相手が反論してきたときに、さらなる反論をしないことだという。むきになって反論したくなるときは、どちらかに思い込みが大きいときで、相手の思い込みが大きいときに反論しても、相手は聞く耳を持っていない。
助言の有効性は限定的だし、自他の見方の乖離をなくすのも難しいとなれば、いったいどうすればよいのだろうか。それは、相手の鏡になることだ。(鑑ではない)鏡になって接すれば、当人の思い込みはやがてなおっていくという。
以前から書店に出ていて気になっていたので、購入してみた。
1999年6月に、男女共同参画社会基本法が成立し、これによって、女性差別撤廃条約の批准条件としての国内法の意味も持っている。
少子・高齢社会は、男女で支えなければならない。少子化は、家庭にいる女性の割合が高い国ほど進んでおり、具体的には、日本、ドイツ、イタリアの3国である。(日独伊の「三国同盟」) ただ、日本以外は、急速に女性の社会参加を進めている。
男女がともに、社会参加・地域参加を為すためには、男女を問わず、労働時間を規制しなければならない。欧米では、短い労働時間で労働生産性を向上させ、「1日6時間労働にしよう」とする議論すらある。
ジェンダー(性別による社会的な枠づけ)の問題は、人々が常識として考えていたことの差別性である。男だ女だというジェンダーの縛りは、他の人権問題以上に、「常識」として体に染み付いてしまっている。
家庭における性別分業は、産業革命と密接な関係がある。男性が家庭から離れて工場やオフィスで仕事をするようになると、女性が家のことをするようになった。
工業社会も、はじめは、男も女も子供もみな働かせていたが、全員が働く社会は成り立たないことに気付き、子供を次世代の労働力として養成し、女性は、男性労働者を「タダでケアする」という企業側に有利な仕組みが形作られた。
もともと、日本では、江戸時代は女性の地位は高かった。しかし、明治維新に伴って、女性を無能力者とする民法が整備され、良妻賢母教育によって、「男らしさ」「女らしさ」が強調されることによって、欧米に追いつくために適応した性別分業が作られてきた。
そして、近代につくられたジェンダー格差は、今の時代に至るまで継承され続けている。
瀬戸内寂聴さんの本が本屋に出ていたので、久しぶりに読んでみた。
時間はさかさまには流れない。だれでも老いる。でも、死なない秘訣というのがひとつあるらしい。
それは、死んでもいい、と思うことだという。今日したいことは、今日しなさい。いつ死んでも悔いのないように、充実した生を送っていると、死は遠ざかるのだそうだ。
面白い本だった。
「資本論」は、マルクスが書いた古典的名著である。資本主義に対抗して、共産主義・社会主義が生まれた、「資本論」は、両主義の理論的支柱である。
原始の物々交換の世界では、資本主義はなかった。貨幣が発明され、貨幣が様々な商品との交換価値を持つに至って、資本主義が生まれる。
消費し、生活するためには、貨幣か必要だ。貨幣を手に入れるために、一握りの資本家を除いて、基本的には労働者になるしかない。労働者は、多くの労働を企業に提供し、労働に対する分け前として貨幣を手に入れる。手に入れた貨幣によって、人は生活する。
一方で、労働者を雇用する資本家は、提供された労働と、労賃の価値の差を蓄積していき、資本は中間搾取の過程を経て巨大化していく。
生産手段を持たず、労働を切り売りするしかない労働者にとって、労賃と労働条件は、労働者同士の競争のなかで、切り下げられ、労働者への分配が減る宿命にある。劣悪な労働条件に対する闘いとして革命が起こり、民主主義憲法が出来た。
政府は高所得者から高額の税金を徴収する累進課税を行って、社会保障に充当するとともに、労働者保護のための労働法制が整備されたことで、原始の資本主義は修正された。一方で、人間の善意のみを信じる、社会主義・共産主義は非効率で淘汰された。
しかしながら、拡大するグローバリズムは、資本主義の欠点を露わにしている。IT化と物流の国際化は、多国籍企業による労働ダンピングを生み、先進国の高所得労働者は、どんどん労働条件を切り下げられている。
資本主義のシステムは、何らかの外力介入しなければ、資本が巨大になりつづけるシステムだ。今は、国際化した経済になっているので、国単位を超えた、課税と社会保障による所得の再分配や、労働者保護のシステムが必要なのだと思う。
ただ、社会主義を是認しているのではない。人間は元来怠け者であるから、社会の発展のためには、個人が競争する仕組みは、必ず必要だ。資本主義の欠点を、社会的規制によって、いかに修正していくか考えなければならない。
このところ、古典をリニューアルした文庫や新書が人気だそうだ。
この本も、そのようなリニューアルのひとつだと思うが、本屋で気になったタイトルだったので、買ってみた。350ページほどあるので、けっこう分厚い。
ぼちぼち読んでみたいと思っている。
アメリカの貧しさを描いた本だ。読んでいて暗い気分になったが、シビアな現実だ。
まずは、「貧困が生み出す肥満」について書かれている。
ニューヨークでは、児童の4分の1が貧困児童であり、その3分の2が無料・割引給食を受けている。メニューはコスト削減のため、ファーストフードばかり。これが肥満の原因だ。子供だけでなく、生活保護を受給している大人にも同様の構造がある。
新自由主義は、ことごとくアメリカの中流階級を壊してしまった。情報通信技術を背景に発達した新たな産業革命は、ごく一部の高所得者を除いて、低賃金のサービス業以外の仕事を無くしてしまった。
アメリカでは、おちおち病気もできない。日本のような国民皆保険制度はない。民間の保険に入れない貧困家庭は、自費診療となる。高すぎる医療費のせいで、「日帰り出産」は当たり前。(日本の場合は、出産育児一時金として、35万円が支給されるそうだ)
医療費が高いので、国民の多くは薬とサプリメントに走る。高齢者医療制度など問題はあるだろうが、日本の社会保障はそれなりによくできていると思う。この本の中では、「日本の国民皆保険制度は、民主主義国家における理想の医療制度だ」と言っている。
さらに、権力は経済格差を利用する。貧困家庭の子供は、軍に「就職」する。アメリカは徴兵制を敷いていないが、経済格差を放置しておけば、経済的理由から、兵隊の供給には困らない。
軍人ではなく、民間の派遣としてイラクで戦力になっているという現実もある。民営化された戦争は、アメリカだけでなく、世界中の低賃金国の若者によって支えられている。
2001年の終わりごろから、「45才以上の中間管理職に情報を伝えても問題が解決しない」という現象が見られるようになった。日本企業の問題は、45才以上から何層にも連なる管理職と、人数が多すぎる役員陣にある。
優秀な人材であっても、中間管理職になると思考の枠組みに変化が生じ始める。市場感覚が麻痺し、好奇心が削がれ、職業人としての老化が始まる。
一方で、生涯にわたって自分の知識に対して投資し、常に時代に通用するレベルに更新しつづける、「知識重視社会」へのシフトが始まっている。著者は、組織にぶらさがる働き方を改め、「時間と情報の感度」を高める動き方が必要だ。
日本の企業制度は、45才から55才の中高年社員を、失業させずに会社に囲い込む効果を上げてきたが、労働生産性、自己実現の点では、問題を抱えているといえよう。
また、団塊世代が地域に還ってきたときには、別の問題が生じる。著者は、男尊女卑と年功意識の2つが染み付いたまま、NPOやボランティア活動の音頭を取る団塊世代によって、「日本のNPOならではのマネジメント方法が台無しになる」危機にあるという。
つまり、日本のNPOは、税制の制約で寄付金が集まりにくいので、参画者全員による雰囲気づくり、運営者が適材適所を見抜く力、実施するサービスのやりがいで人材に対する訴求力を維持してきたが、ヒエラルキー意識を持つ中高年が壊すことが懸念されている。
タテ社会で育ってきた人の意識改革は、非常に難しいのが実情だ。
新聞記事で見て気になって、買ってきた。まだ読んでいる最中。
趣旨は、日本企業は、45才以上の年齢層で管理職が重層的に存在しており、過剰な数の役員ともあいまって、「45才以上は、判断を避け、会社に寄生している」というもの。
ただ、中高年管理職をただ単に否定的に捉えているのではないようなので、どのような論理展開に進んでいくのか、最後まで読んでみたい。
よい本だった。
本は人を現わし、文は人を現わす。与謝野氏の初めての著作となる本書は、氏の人となりを余すところなく伝えている。いま70才でなければ、充分総理大臣が務まると思う。
わたしは、著書によってかなりの部分人を評価するが、その後の結末について、けっこうの精度で予想できていると思っている。(ちなみに、小泉元首相については、総理になる10年前に本を読んで、高い評価をしていた)
これに対して、安倍元首相が就任前に著書を著したとき、一読して「何書いているか、まったく伝わらん」と思った。当時、世の中は安倍フィーバーに湧いていたが、著書を読んで以降、評価を著しく下げた。さらに、初めの組閣名簿を見て、評価は最低ランクに落ちた。
ところで、著書に関する本題に話題を戻すため、印象に残った一節を挙げてみた。
●人に相談すると平均的な答えしか返ってこない
「私の先輩たちは、肝心なときに人に相談して判断を間違ってきた。私は肝心なとき、絶対に人に相談しない。自分で決める」(小泉元首相)
●国家は割り勘である
みんなでちゃんと「割り勘」分を払わなければ、本当にこの国は支えられない。
「割り勘」の議論については、同感の部分が多い。4月以降、後期高齢者保険制度や揮発油税の暫定税率の議論がやかましいが、「いったい、だれが負担するのか」という視点が抜け落ちてしまっているような気がする。
後期高齢者保険制度については、老人1人あたり、年間80万円(!)の医療費が費やされており、保険による不足分は現役労働者の保険料や税金によって穴埋めされている事実を避けることはできないし、揮発油税についても、限られた公共空間に個人が巨大なハコを占有する対価として、諸外国なみの「一般税」「環境税」は、しかるべき負担である。
ある程度は減税したとしても、ある程度は負担したうえで、医療費や道路建設費などの支出の効率化を目指すべきだと考える。
また、与謝野氏は、福祉特定財源として、消費税10%への増税を唱えている。2015年において、消費税を10%に増税すると、増加する社会保障財源はまかなえる計算だという。
わたしは、その論には反対だ。中央集権に伴う巨大なムダ使いの構造を温存し、二重行政、三重行政の構造を温存したまま、大規模な増税に踏み切ることは、いけない。
瑣末なムダをあげつらうのは建設的ではないが、根本の行政システムの構造を簡素化されるべきだ。(たとえば、所得税をなくして消費税に一本化すると、所得税にかかわる税務職員は、すべて要らなくなる)
この本を読んで、私の考えとは若干異なる点もあるが、増税など耳の痛い点に踏み込み、率直に書いた点などについては、高く評価できると思った。
きょうの朝刊の書評欄を見ていて面白そうだったので、三宮の本屋でさっそく買ってきた。
「婚活」は、著者が、結婚活動の略語として造った。「就活」のアナロジーである。
本の出来は、書き手の資質によってほとんど決まってしまう。よい著者の本には、ハズレが少ない。山田さんの「パラサイトシングルの時代」や「希望格差社会」は名著だ。
山田さんの専門は家族社会学である。学者である以上、感覚論ではなく、社会現象を統計にもとづく分析によって、整理していくのであるが、平易な言葉で著書を著し、一般向けに啓蒙することも心がけておられるのが、わたしが氏のファンである理由だ。
就職が自由化されて、就職活動なるものが必要になったように、職場での斡旋や見合というシステムが崩れて、結婚が自由化されると、格差が拡がって、今や「結婚活動」なるものが必要になっている。
社会経済状況か変わっても、男女の意識は変化していない。女性は、男性に経済的な依存を求め、男性は、ワークライフバランスの「ワーク」だけやってりゃいいや、という意識。男は、「男の沽券」を容易には捨てられないという。男女共同参画は絵に描いた餅だ。
未婚女性の40%が年収600万以上の男性を望むが、実際には3.5%しかいない。30代男性の25%は、週60時間以上働いている。男性に経済力を求めると、裕福なパートナーと過ごす時間が、実際にはないという現実。相手にコミュニケーション能力を望むなら、年収が少なく時間のたっぷりある男性になるし、難しいところだ。
最後に、社会学者として山田氏は、「個として独立していても、支えのない人が多い社会は、とても弱い社会になるのではないか」と懸念している。日本では、家族に代わるコミュニティーがまだない。外国では、個人主義が確立しているが、日本では個人主義が脆弱なので、家族がなくなると、基礎的なコミュニティがガタガタになるおそれがある。
頂上を極めるには、われらに多少とも好意を寄せてくれる「広大な中間地帯」を作ることだ。
そのために、約束したら実行する、できない相談は理由を挙げて「丁寧に断る」、損して得をとり、泥は自分がかぶって逃げないことだ。これを十年続ければ、われらの周りに人垣ができる。
大勢の人を集め、お心を頂戴するには、ケモノ道を辿って、平場に達するしかない。
田中角栄氏の言葉だそうだ。
【出典】「40才を過ぎたら、好きなことをやれ!」
齊藤さんは、「声に出して読みたい日本語」がベストセラーとなっている教育学者だが、コミュニケーションの専門家でもある。どの本でも、キレ味の良い文章を読ませてくれるので、愛読している著者の一人だ。
人は十分も話を聞けば、相手についてたいていの判断はできるという。「意味の含有量」という単語をつくって、短い文章のなかに、どれだけ意味のあるコンテンツを込められるか、というところで勝負せよ、という。
良い話は、気付き・発見が多く、共感度の高い話だという。
体験や対話といったものも使うという点で手法は異なるが、今後のイベントでやりたいと考えている方向性と共通のものだと思った。
論語に出てくる言葉。
地位が低い人、能力が劣る人、未熟な若い人にも恥ずかしがらずに、何でも質問したり、わからないことは謙虚に教えてもらったりすること。
しかし、実際にそれをやる人は少ない。
【出典】「40才を過ぎたら好きなことをやれ!」(三笠文庫)
人に接する時は、暖かい春の心
仕事をする時は、燃える夏の心
考える時は、澄んだ秋の心
自分に向かう時は、厳しい冬の心
(関西経済同友会幹事・鮫島輝明氏の言葉)
【出典】「40才を過ぎたら好きなことをやれ!」(三笠文庫)
最近の新書「お金は銀行に預けるな」(光文社新書)で、名前を知っていた程度だったが、この方の本を初めて読んだ。なんとまあ、時間効率の高い人である。超人的だ。
(詰め込みすぎて、疲れないのだろうか。)
経済評論家兼公認会計士。19才で公認会計士2次試験を突破、21才で長女を出産。外資系の公認会計士事務所、コンサルタント(マッキンゼー)を経て、経済評論家として独立。16年で、年収を10倍にした。
内閣府男女共同参画会議「仕事と生活の調和に関する専門調査会」専門委員であり、ワークライフバランス問題にも強い。「世界の最も注目すべき女性50人」にも選ばれている。
勝間さんは、「情報こそは、現代の通貨だ」という。資本主義の本質は、「賢くない人から賢い人にお金が移動する仕組み」だともいう。
現代は、情報洪水の時代だ。情報に埋もれないために、「4マス」と呼ばれる、新聞、雑誌、テレビ、ラジオからの情報摂取を少なくし、自分の体験からの学び、他者の体験からの学び、良書からのインプットに、時を傾けることを薦めている。
あわせて、知的生産を支える生活習慣についても、書かれている。
喫煙・飲酒など知的生産の6大危険因子の排除、すき間時間の有効活用、睡眠時間の確保、知的生産の集中力をつけるための「体力」(勝間さんの場合は、自転車での移動)、食生活を挙げている。
よく整理されていて読みやすい本だ。何がしか、明日の新たな行動に向けてのヒントを与えてくれる本だと思った。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080409/stt0804091808007-n1.htm
わたしは、与謝野前官房長官のファンである。人気におもねず、正論を堂々と主張するスタンスを好んでいる。
来週、新書で著書が出版されるようなので、出たら早速買ってみようと思う。
興味ある題名の新書だったので、買ってみた。
著者は、SEから大学に転向した履歴のかたである。文章が読みやすく軽妙で、おもしろく読めた。
SEとはシステムエンジニアの略で、コンピューターシステムを作るときに、顧客の要望を聞き、プログラマーに対して指示する役割の方である。各社によって、SEの範疇には幅があるが、顧客側から見れば技術的知識のある営業マンであり、プログラマ的から見れば、作業を指示する管理職、といったところか。
仕事で、日常的にSEさんとお付き合いする機会がある。はじめのうちは、喋っている「言語」が違っていて苦労した。喧々諤々のなかで、お互いに対話ができるようになるまでには、かなりエネルギーを要したが、いまでは円満な関係を保っている。
IT産業の実態は、ITゼネコンだ。大会社になればなるほど、中枢部分では、営業と指示書書きに特化していて、実作業は下請丸投げである。
建設業では、建設業法によって元請には一定の管理責任と丸投げ禁止規定があるが、建設業に比べてはるかに若い産業であるIT産業では、注文だけ取って来て、100%他社任せというペーパーカンパニーのような例がゴマンとあるようだ。
顧客としては、SEが聴きとってプロジェクトが開始されているのだから、一部作業は他社に出していたとしても、作業の上流部分で顧客の発注意図を理解し、作業の最下流の部分で、きっちり検査する力量を望む。
しかしながら、実態のところは、実業務に即した検査をするのには、かなり限界がある。基本的に顧客業務に疎い、異種の専門職だからである。
異種の専門職だからゆえ、顧客側として要望したことが設計書になって上がってくると、トンデモない代物になっていることがある。始めは、これが堪えた。業務の基礎知識を欠くSEが、生半可に聴き取りをすると、顧客の言っている内容が消化できないどころか、誤った仕様を創ってしまう。
これは、プログラマとしての知識よりも、むしろ、相手の発言の真意を理解してドキュメント
に作り上げていく、ビジネスマン的な素養としてのコミュニケーション能力の欠如に問題があるのだが、実態は、「人によって、かなり素養に差がある」という気がしている。
顧客側の自衛手段として、トンデモない作業をされないよう、難解な専門語で書いてある設計書を、読めもしないのにチマチマとチェックする羽目になる。大きなシステムでは、一度開発に着手すると、手戻りが利きにくいので、プログラミングに着手する前のチェック作業には、手が抜けない。
業務を理解してもらえなくても、トンデモない設計書を書かれても、慢性的な人不足のこの業界、とにかく仕事をやっていただかなければならないので、円満にお付き合いしていかなければ致し方ないのであろう。
このところ、社労士の勉強と、地域活動で結構煮詰まっていたので、きょうは、気分転換に読書にいそしんだ。
いじめは、社会病理現象だ。社会の矛盾が、子供の弱者叩きに現れている。だから、現実を直視して改善していかない限り、同様の現象が、いつまでも起こり続ける。
いじめは、差別でもある。権力者は、差別を巧妙に利用してきた。江戸時代の士農工商の身分制度をはじめとして、民衆が蜂起しないように、民衆の力を分断して支配してきた。
日本の近代史を振り返ると一貫して、個人が何かを主張することが求められない社会だったのである。それゆえ、日本が欧米諸国に追いついたとき、求心力を失った個人は、「生きがい」を見失ってしまった。
同調圧力が強いこの社会ではあるが、変化の兆しはある。没個性的な個人をつくる教育は、すでに限界に来ている。
「多様性とか国際化とは、不愉快でも、嫌いな奴と何とか一緒に生きてゆくこと。顔も見たくない奴と一緒に生きてゆく空間を作ってゆくこと。調整力を持つことであり、その基本は、不愉快も嫌いも含めて、受け入れること」だという。
自由だとか個性とか言われるが、真に実現しようとすれば、大変なことなのだ。でも、進むしかない。
続ける限り、「負け」はない。
著者の伊藤さんは、司法試験の受験指導を27年にわたり行ってきた。変化を求める世の中だからこそ、続けることに価値があると考えてやられてきた。
将棋の羽生喜治さんは、才能は一瞬のきらめきではなく、同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だという。「継続できる情熱」が長い目で見ると伸びるのだという。
ゆっくり急げ。他人と比べても意味はない。人はみな固有の条件の中に生きている。
ゲーテは、「人間は、努力する限り迷うものだ」といったそうだ。本の中のその引用が、わたしには印象的だった。
これも同じく、出典は、「将の器、参謀の器」(PHP出版)
「朝出勤するときに、家庭内で何かもめごとがあって解決しない間に城に出てくれば、一日中その人間は仕事に身が入らない。そのことによって、もし出勤が遅れるのならば、昼からでもよい。城の仕事場に悩み事を持ち込まないように、まず個人的な悩みを解決することの方が先だ。」
以下の出典は、「将の器、参謀の器」(PHP出版)
部下が案を出すと、信玄は、頭の中で終わらせることは決してしなかった。必ず実行させた。
「実行してみなければ、その案がいい案か悪い案か判断できない」
この本は、最新刊の文庫で、たいていの本屋の店頭で買うことができる。単なるハウツー本かと思いきや、口下手・説得下手だったという著者の苦労の跡が垣間見え、非常に参考になった。
心に残ったフレーズを、そのまま書き記す。
●相手が納得しない説得は、説明以下。
●価値観をぶつけあってこそ、新しいものも生まれる。
●傲慢さは、コミュニケーションにおける最大の障害。
●少々の欠点や考え方の違いには、目をつぶり、良いところを探す「心の広さ」を持て。。
●相手の言葉を途中で遮らない。
●人間の記憶力には差がある。大事なことは、繰り返せ。
●意見は、ぶつかるのが普通。それを調整していくのが説得だ。
●こちらから分かろうとしないと、相手は逃げてゆく。
著者の中野さんは、あらゆる公務員を経験した、異色の人である。
奈良の大和郡山市役所に在籍中、国家公務員Ⅰ種試験に合格し、厚生労働省のキャリア官僚に転進。国の出先機関と霞ヶ関の両方で働く。また、国家公務員からの出向として県庁にも在籍したことがある。
ちなみに、今は、兵庫県立大学教授という、「教育公務員」でおられる。
著者は、公務員には「受難の相」が出ているという。累積する財政赤字や高齢化の進展を考えると、「成長産業」であるとは思えない。
また、どれだけ強大な権限をもっていても、公務員機構は、民主主義社会では正当性を持たない。巨大な公務員組織を有効に活かすのは、有権者に選ばれた、政治の力量だと思う。
というわけで、道路特定財源制度は、政治の力で一般財源化するべきだ。
婦人公論のなかで、この記事も面白かった。作家の井形慶子さんの記事。
井形さんは、イギリス人男性と1年半ほど過ごしたことがあり、彼と生活をともにするなかで、「男と女の関係は、つくっていくものだ」と言った。また、感情を隠さず泣く彼に向かって、「男はめったなことで泣くものではない」と井形さんは言ったところ、「どんな感情も分かち合ってこそ、カップルじゃないか」と返されたという。
そのような経過があって、井形さんは、求める理想を備えた男性は、まずいないので、せいぜい8割クリアしていたら「御の字」と思うようになった。
彼との関係を放棄するか、しないか。放棄しないと決めたのであれば、二人の関係を育てていく努力をすることを、井形さんは薦める。
具体的には、話し合うこと、行動することが大事だという。旅行や買い物を一緒にすることで、自分が大事にしていることや価値観、それに基づいたお金の使い方などが、説明するより伝わりやすい。
自分の気持ちを伝え、楽しいことを一緒にやることが、2人の関係を育てていくうえで、大きな両輪になるという。
この記事は婦人雑誌なので、女性読者に向けての書き方であるが、男性にとっても、まったく同じことが当てはまるのであろう。
著者は、1950年生まれの56才。「在日」の政治学者だ。「朝まで生テレビ」の出演者として見かけたことがある。
この国で、しなやかに、したたかに、そして「まとも」に生き残っていくためにはどうしたらいいのか、という点についての問題提起の本である。手立てとなるヒントとして、仕事や友人、恋愛やお金、国際政治のトピックなども取り上げた。著書を読むのは、はじめてだったが、面白く読めた。
いろいろ印象に残った言葉があるが、その中から、2つだけを挙げる。
ひとつは、自由と安全についてである。
自由を守るために安全を強化すること自体が、自由を否定するという自己矛盾に陥る。
さらには、自由を否定することは、社会の免疫力を無くすことでもある。本来、自由な社会というのは、絶えず社会の中に予測不可能なノイズが入ってくるものであり、それを内側に取り込むことによって、社会が強くしなやかになっていく。不安のない自由はない。
もうひとつは、仕事についてである。
かつて仕事は何か神聖なものだという思いがあったけれど、その感覚はもはや幻想にすぎない。人生とはもっとさまざまな側面を持っているし、もっと広がりもあるし、深みもある。仕事はその中のひとつの要素にすぎないと考えるべきだ。
非常に感じるところがあった著者だったので、他の著書も読んでみたいと思った。
昨日も書いたが、東京マラソンの運営者が書いた本を読んだ。著者は東京都の幹部職員で、第1回東京マラソンの組織委員会事務局次長として、マラソン大会の成功に尽力した。
東京マラソンのきっかけの一つは、かの有名な小出監督の一言だったという。石原都知事と会ったおり、「マラソン大会を開いて、銀座通りを走らせてほしい」と言ったそうだ。その一言から、多くのランナーや陸上関係者にとって長年の夢だった、東京での大規模な市民マラソンが動き出した。
ワールドマラソンメジャーズと呼ばれる、世界の著名なマラソン大会は、世界記録を産み出す高速なコースである。例を挙げれば、野口みずきや高橋尚子が自己記録を出したベルリンマラソンがある。同時に、数万人の市民が、プロ選手が走る同じコースを、のんびりと走る。
都市型マラソンは、競技性と娯楽性を兼ね備えた大会なのであるが、いまだかつて、日本には、このような大会は存在しなかった。
東京マラソンでは、制限時間が7時間に設定された。石原都知事がニューヨークマラソンに視察に行ったときに、現地で一人のランナーが「東京マラソンの制限時間は、7時間にして下さい」とお願いした。ランナーの直訴が、知事の決断を後押ししたと著者はいう。
交通規制を長くすると、都心の交通に大きな影響を与えるが、大会運営上は、97%以上の完走率は、リタイヤ者をゴールに輸送する数が減る効果を与えた。さらには、東京だからこそ可能な「技」として、リタイヤ者を公共交通機関で輸送するという手段も用いられた。た。
選手として走ってみて思うことは、数万人の市民が走るということは、スタート地点とゴール地点では、並みの収容力では対応できないという事実だ。
東京マラソンのスタート地点には、スタート前に大量の人が集中する。日本一の駅である新宿駅に近い都庁がスタート地点であるからこそ、混乱なく対応できた。また、走り終えた後のゴール地点にも、人が滞留するので、巨大なスペースが必要になるので、東京ビッグサイトの広さの土地が必要になる。
現状の物理的条件では、これ以上人数を増やすことは難しいようであるが、さらに参加人数を増やすことも検討されていて、石原都知事は「ゆくゆくは、5万人のマラソンにしたい」と言っている。諸外国のマラソンで取り入れられている、時間をずらしたり、場所を複数にするなどの方法も、あり得るだ。2回の成功によって、来年は、ますます人気が上がるだろうから、もし可能であれば、参加人数が増えればうれしい。
東京マラソンは、東京が持つ都市の力を見せ付けた。都市インフラ、住民のスポーツへの理解、ボランティアを含めた運営能力の高さ、などの総合力が問われた。ロンドンマラソンを成功させたイギリスが、オリンピックの招致に成功したように、東京は、2016年のオリンピック招致を目指している。大規模スポーツイベントの成功は、オリンピック招致活動にプラスの影響を与えるだろう。
いま新書で、「東京マラソン」という名前の本が出ている。
第1回の東京マラソンを事務局の舞台裏で支えた都職員の著作だ。きょうは、感想を書く時間がないが、よく考えられて運営しているなあ、と思った。
読んでいると、週末の感激が再びよみがえってきた。
明日以降、時間を見つけて感想をUPしたいと思っている。
「人間性をとことん煮詰め煎じつめたら、最後にどす黒い嫉妬の塊が残る」
「人間は息をひきとるまで生涯をかけて、私を認めてくれ、私を認めてくれと、声なき声で叫び続ける、可憐な生き物なのだと思われる」
この本の一節である。
しかしながら、筆者は同時に、こうとも言う。「文明は嫉妬によって作られる」
人間が持っているもっとも暗い衝動、感情があるからこそ、文明は発達するのだという。
もっとも基本的な衝動は強力なものだから、それが良い方向に昇華されれば、人類の進歩のためのエネルギーになるであろうし、特定の恨む個人に向けられたら、相手を社会的に抹殺するだけのパワーを持つことになる。
人に恨まれないような生活を心がけなければ。本当に恨みはこわい、と改めて感じた。
注文していた本が手に入ったので、さっそく読んでみた。
永井さんは、自分自身を「走る鈍行列車」だという。「鈍行列車でも、休まず走り続ければ、いつしか思いもよらぬ遠くへたどり着くことができる。だから、自分の可能性を信じる」と書かれている。
また、生きていくことは、順調に年を重ねることではなく、様々な挫折を乗り越える力なので、「雑草のような強い心を持ったランナーでありたい」と書かれている。
この2つの部分を読んで、感動を受けた。
「ろうあ者」には、走るにあたって、不便がある。「ろうあ者」は声を発して会話しない。だから、肺活量が大きくならず、平均して中学3年でも小学4年ほどの肺活量しかない。また、大会でも、スタートのピストルが聞こえなかったり、スタート時間の変更やコースの誤りに気づかないことなどがある。
このようなハンデのある永井さんだが、大会で走るときには、ほぼ必ず救急車の準備を依頼する。それほどに、追い込んだ走りをする人なのだ。その結果が、フルマラソン2時間30分代の大記録として結実している。わたしには、とうてい真似できない。
さらには、永井さんは、世界55か国をひとりで旅している。好奇心旺盛で、エネルギッシュな人でもある。
小児がんを宣告された息子さんに勇気を与えるために、再び走り始め、10年かけて、全都道府県での大会参加を成し遂げられた、永井さん。まだ52才の若さである。今後も更なる活躍を期待したい。
おもしろい本だった。一読の価値がある。
著者は、ノンフィクション作家として25年以上にわたり定年退職者3000人を取材した経歴を持つ。定年後の余裕時間は8万時間。現役で働いている時間と同じなのだそうだ。
職場を去る日は、必ず訪れる。しかしながら、サラリーマン時代の発想を引きずって過ごしている人が多いのではないか、もっと大胆な時間の使いかたを考えよう、という問題提起である。
一朝一夕で、会社勤めと違う生活になじめるものではない。自立型ライフスタイルをモノにするためには、動きながら試行錯誤する過程と、その準備期間が必要だという。この本には、様々な「試行錯誤」の事例が出ており、非常に良い示唆を受けた。
いくつか、印象に残った事例を2つほど示す。
【1】東京都杉並区にある、NPO法人「知の市庭」(ちのいちば)
コミュニティの創生を果たすために、生涯学習としてお互いが研鑽する必要があると考えられたので、生涯学習を支援するツールとして、パソコンとネットワークを活用した。
「知のリサイクル」、すなわち、生涯学習の場で消滅してしまっていた講演内容を、テープ起こしして、ネットで発信するなどの活動をしている。
「卒業研究」のテーマとして考えているアプローチに、比較的近いので、関心を持った。
【2】人生の始末を専門家のネットワークで解決する
高齢社会を見すえると、「人生の始末」にまつわるトータルアドバイザーが求められていると考えられたので、税理士、司法書士、行政書士、フィナンシャルプランナーなどの専門家をネットワークして、相談窓口に届く「人生の始末」に対処しようとするもの。
もう少し若い人を対象にして、中年期・熟年期における「危機の始末」ができる、専門家ネットワークが出来れば面白いのではないか、と感じた。
「プリンセス雅子の真実」の原書を読んでおり、今で全体200ページの3分の1ほどを読み終わった。「自由からの逃走」に比べたら、文法がシンプルで読みやすくて助かる。
著者は、オーストラリア人のジャーナリスト。日本語への翻訳にあたって、宮内庁から圧力がかかり、出版元の講談社が対応せざるを得なかったという、いわくつきの本である。
男女同権の現代社会にあって、外国人からみた皇室は、中世の皇帝制度を色濃く残した奇妙なものに見えるようだ。
原書では、中世の残滓たる制度も含めて、淡々と書かれているが、これがおそらく保守派には受け容れられないものなのだろうなあ、と思った。
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アマゾンに発注していた中古本「天才の通信簿」が来た。洋書のペーパーバックと違って、ポストに入る大きさなので、きょうの不在時に配達されていた。
本の程度は良い。今後も使えそうだ。絶版になった本が中古で手に入るなんて、ありがたい時代だ。
あしたは1日休みなので、読書にいそしもう。
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先日、会食をしていると、エジソンの子供時代の話が出た。
エジソンは、天才だったゆえ、規律の厳しい学校教育の枠にはまらず、今でいう登校拒否に陥った。しかし、母親が優れた人で、エジソンの興味の芽を摘まずに伸ばす方向を考えたので、最後には、才能を開花させることができた。
その話を聞いて、「天才の通信簿」という本を思い出した。
かなり前に、「いのちの電話」の運営に関与されているかたが書いた某書を読んだとき、エジソンの幼児期の話題が出ていた。その話題の出典が、「天才の通信簿」という本だったことを思い出した。
ネットで検索してみると、過去には文庫本があったが、ずいぶん前のことで絶版になっている。ありがたいことに、今は中古本をネットで入手できる。ここでもアマゾンのお世話になり、中古の文庫本を発注してみた。
エジソン以外にも、他の天才の幼児期のエピソードも読めるのかな。到着を楽しみにしておこう。
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河合氏は、日本にユング派心理療法を確立した、臨床心理の世界での大御所。文化庁長官もつとめられた。(先ごろ、亡くなられた)
日本の家族は、個人主義の浸透によって、伝統的家族観が自壊するなかで、次のモデルが見出せずにいる。この本は、河合氏なりの問題意識で、どのようにすれば、家族が復元できるのか、という視点で書かれた。
副題の「イエ」は、伝統的家族観、「家」は、これから造る家族観を示している。
男性が、会社に忠誠を尽くさなくなって、今度は家族のことを真に大事に考えるようになったのか。自分が外でうまくいかないから、家族に向かっているのではないか、という厳しい見立てだ。
一方で、女性にとってみれば、伝統的家族観のなかで、苦労という苦労はみんな女性に押し付けらてきたのではないか。その反動で、女性の自立意識があまりにも強くなったのではないか、という見立てだ。
西洋では、個人主義の伝統が連綿とある。西洋の一夫一婦制は、個人が孤立してバラバラになることに対するセーフティネットとして、「夫と妻は一生添い遂げる」という束縛を、文化として築いてきたともいえる。
一方で、日本では、近代民法を導入する前は、「イエ」が、個人が孤立してバラバラになることに対するセーフティネットとしての役割を果たし、一夫多妻、離婚に寛容な文化など、比較的自由な結婚制度を採っていた。伝統的家族制度が瓦解してしまったら、無になりかねない。といって、昔の制度に戻ることは、ありえない。矛盾の中にいる。
河合氏は、どうすればよいと考えているのか。
個人が孤立しないような「精神的安定」の安全弁として、ファンタジーが必要だといっている。それは、家族かもしれないし、宗教かもしれない。つまり、個人の精神的安定を支える、個人の上位概念としてのファンタジーだ。
何だかんだいっても、家族論の本は、
「近代合理主義、個人主義では、精神的安定は得られないので、家族らしきものは必要だが、何が必要かはよくわからないよ」
というところに落ち着いているような気がする。だれも、答えは分からないのだ。
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正月早々、面白い本を読んだ。
「人脈に勝るパーソナルキャピタルはない」のだそうだ。現在人脈は、仕事の流れのなかで出来るが、未来人脈は、「個人ブランド」をベースに、意識して作っていかないと、作ることができない、ともいう。
そうだなあ~と感じ入った。
まずは、「個人ブランド」を作ること。そのためには、魅力的なプロフィールを書いてみることが重要だという。
また、人脈の形成は、時間をかけて、ギブ&テイクというケチな了見でなく、相手に「何が貢献できるか」という視点で、アプローチしてみることが重要だという。
私が非常に興味を惹かれた点は、「レバレッジ・ネットワーク」の重要性だ。
つまり、ミッションを絞り込んだ「会」を立ち上げる。定期的に、同じマインド・方向性の仲間が集まって意見交換したり、ときには厳選された新しいメンバーを入れる。そうすることで、化学反応のように、いろいろなプロジェクトが生まれ、お互いが刺激しあうようなネットワークが形成されるという。
なかなか面白そうだなあ、と思った。
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大晦日のきょうも、変わりなく平凡な一日である。
この本は、副題が面白そうだったので、買ってみた。
著者は経済学者で、学歴社会には法則があるという。たとえば、大学に入学させるための教育を「投資」に見立てて、収益率を測定してみる。すると、非常にハイリターンな商品なのである。直接の便益で、年率6%。医学部に至っては、年率17%!世の親たちが、子弟をこぞって進学させようとするのは、経済合理性があるのである。
問題は、投資には資金と意思が必要なことであり、高収入で(教育に意欲の高い傾向が強い)高学歴の家庭から、高学歴者が再生産されることにある。奨学金制度の強化など、世代を超えた格差の再生産にならない配慮が求められるところだ。
次に、著者は興味深い考察を行っている。「いじめ」を経済学で解決する、とある。
いじめは、クラスなどで作られる非公式なグループが主導するので、
1 グループに参加する便益を小さくすること
2 グループに参加する費用を高くすること
3 グループを破壊すること
が重要だと説く。
そのためには、学校側は、個々の生徒の活動だけでなく、生徒のグループを十分に監視することが重要である。上記の3点を実現する方法として著者が提案しているのは、
1 校長や教師が、いじめが悪であること。とくに、集団によって特定の個人をいじめる
ことは、人間として最も卑劣な行為であることを、論理的に徹底的に教える
(コストはかからないが、非常に絶大な効果が期待できる)
⇒参加便益の最小化、心理的費用の最大化
2 グループの解体
(リーダーに対する懲罰、メンバーに対する個別の引き抜きetc)
要は、インフォーマルグループに属することに対し、学校側が心理的にプレッシャーを与えつづけて解体に追い込むことが必要なのだろう、と私は読んだ。
「差別はいけません」「いじめはいけません」とプレッシャーを感じないやりかたで、唱え続けているだけでは、問題は改善しないのだ。
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著者によると、品格のある話し方とは、「相手を思いやる」「他人の痛みがわかる」「相手の視点にたって考える」などが、話し方を通して実現できる人なのだそうだ。要求水準が、高いなあ。
本のなかで、気になった部分を抜書きしてみる。
●人には、人を思い通りに動かしたいという支配欲がある。人のうえに立つと、支配欲が強くなるために、自分のいうとおりになる存在として、相手を見てしまう。
●説明の仕方にも、品がある。説明の難しさを認識したうえで、饒舌を避けること。
●ほどよさが説明の品位を保つ。
●謙遜も度が過ぎると品が落ちる。度が過ぎると、「謙遜は最大の自惚れ」
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民主党衆議院議員である氏の著作を読んだ。国会議員になる前から、評論家として経済には詳しい。
この本で改めて、民主党の年金改革案を読んだ。
「なかなかよい」のではないかと思って注目している。
基礎年金の国庫負担率を3分の1から2分の1に引き上げる財源がないということで、消費税引き上げなどが検討されているのだが、民主党案は、低所得者の基礎年金は「全額国庫負担」とし、高所得者の基礎年金は「なしにする」というものだ。
(なお、年収600万程度~1200万程度の中堅所得者は、所得に比例して国庫負担を低減する)
この案は、低所得者に対する「セーフティネット」として機能するのが、大きな特徴だ。自民党は、民主党案を、実現可能性がないと批判したが、制度設計次第で、実現可能な案なのではないか、と思った。
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本屋でたくさん積んであって、タイトルが気になって買ってしまった。
年末に良い本が読めた。
著者は、漫画家であり、取材のために数百人に会って話しを聞いたことがあるという。「世界で最も多くの人に話しを聞いている漫画家」なのだそうだ。
●「空気が読めない奴」と言われたことがあるあなた
●まわりから浮いているあなた
●「こんな世の中おかしい」と感じているあなた
●本当は行列なんかに並びたくないと思っているあなた
●のけ者になったことのあるあなた
は、「非属の才能」があるのだそうだ。(わたしは、けっこう当てはまるなあ~)
日本社会に色濃くある「同調の圧力」に屈しなかった、「みんなと同じ」という価値観に染まらなかった人間は、才能の持ち主なのだそうだ。(才能を誇っていいのかな~)
学校は、同調圧力の最たるものなので、「非属の才能」は、まず学校嫌いに現れるという。「協調と同調は異なる」という著者のコメントに、まったく賛同する。
戦後生まれの親たちは、群れることで幸せを実感できる幸運な時代を生きてきた。「いかに良い群れに属するか」という親世代の価値観に対抗して、次の世代が呪縛から脱出するには、いったい、どうすればよいのだろう。
簡単な道ではないが、仮に孤立したとしても、個人個人が「個人主義」を発揮していくしかないのだろうな、と思う。
集団主義に毒された現状においては、かなり大変なことだが。
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原さんの著書が面白かったので、PHP文庫でもう一冊買ってみた。
原さんの論旨は、感情によるリーダーシップの大切さである。
えてして、人は論理によって他人を屈服させようとするが、相手が納得して動かない限り、効果的なアウトプットは得られない。これは、会社だけでなく、非営利活動で協働する場合についても同じようにいえることだ。
わたしは、リーダーシップとは、いかに巧く論点を整理することかと思ってきたが(それも重要な点だが)、真に重要なのは、論理に感情と自己開示を乗せて、結果的に、相手が納得して動いてもらうことだと氏はいう。
かなり考えさせられた。思っているようには、なかなかいかないとは思うが、「気付き」が得られただけでも、一歩前進かな。
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よい本だった。論理的主張が重視される風潮のなか、真に重要なのは論理を生かす感情表現であることを、この本は教えてくれた。
社会貢献活動やボーダレス企業では、論理だけでは、多様な文化的背景を持つ人々を束ねられなくなってきた。感情表現を磨かずして、リーダーシップは発揮できない。
人間の行動力は、心がこもったとき最大になる。
感情表現を磨くために、ウマが合わない人をあえて選んで、自分を鍛えるべきであり、論理で動かない他者に対して、さらなる論理を動員して、屋上屋を架そうとする。
概略、以上のような内容だった。
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※本文は、3月5日に書いたものの再掲である。
わが国の労働時間は、対外的には年1900時間前後ということになっている。これは、労働産業省の統計が、企業に対する調査であるため、「サービス残業」が数値に表れないためである。
もうひとつの統計として、総務庁が行う統計調査がある。これは、勤労者個人に対する調査であり、年2300時間前後である。つまり、400時間はサービス残業と考えてよいと書いてある。
諸外国からの「アンフェア・レイバー」との批判をかわすため、ダブルスタンダードを維持していると批判されても、致し方がないのではないか。
過労自殺は、わが国に特徴的である。外国では、労働を強化したら、「勤労者がサボってしまう」ので、自殺するところまでに至らない。日本においては、労働は美徳と言われてきた。しかしながら、働きすぎは美徳ではない。
著者は、過労自殺にかかわる弁護人として、数多くの現場を踏んできた。過労死事件の多くでは、会社側は「個人が悪く、会社は悪くない」といい、本人にも遺族にも冷淡な態度を取る。下手に同情すれば、雇用者責任を認めさせられ、「会社が負ける」と認識しているからだ。
わが国は、もう十分に金持ちだ。かつてのイギリスのように、資産の利子だけで食えるようになっているのではないか。このような先進国で、過労が常態化していることは、恥ずべき事態だと思う。
労働時間には、社会的規制が不可欠だと著者は説く。終身雇用制度によって滅私奉公を強いることによる競争原理を是正しない限り、ワークライフバランスなど、絵に描いた餅だ。
この時代に、ホワイトカラーエグゼンプションなど、逆行することをやろうとしている。本当にどうかしていると思う。もっとゆとりのある社会が必要だ。
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今年も、あと10日。重点目標として読書を掲げたので、けっこう本を読んだ。
レビューしているものに限って数えても、約60冊の本を読んだことになる。
また、今年は、読んだ本は出来る限りレビューを作成して、ブログに残した。
1年の総まとめとして、まずは、今年読んだ本のなかで、自分の行動と考えに
影響を及ぼした7冊の題名を挙げてみた。さらに年末に時間があったら、7冊のエッセンスを記事にまとめてみたい。
<今年読んだなかで、わたしの行動と考えに影響を与えた7冊>
☆自由からの逃走(エーリッヒ・フロム、東京創元社) 07/10/27
☆人は「感情」から老化する-前頭葉の若さを保つ習慣術(和田秀樹、祥伝社新書) 07/06/10
☆シングル単位の社会論(伊田広行、世界思想社) 07/02/25
☆シングル単位の恋愛・家族論 (伊田広行、世界思想社) 07/03/11
☆内藤忍の資産設計塾(自由国民社) 07/07/22
☆環境保護運動はどこが間違っているのか(槌田 敦、宝島社新書) 07/06/26
☆過労自殺(川人 博著) 07/03/05
<今年の読書レビュー一覧>
◇社会学
●はじめての裁判傍聴(井上薫、幻冬舎新書) 07/11/08
●超少子化-危機に立つ日本社会(鈴木りえこ、集英社新書) 07/07/16
☆環境保護運動はどこが間違っているのか(槌田 敦、宝島社新書) 07/06/26
●持続可能な福祉社会-「もうひとつの日本」の構想-(広井良典、ちくま新書) 07/05/23
●幸福論 <共生>の不可能と不可避について(宮台真司・鈴木弘輝・堀内進之介、日本放送出版協会) 07/04/11
●情緒的自立の社会学(畠中宗一著、世界思想社) 07/03/26
●世界がわかる宗教社会学入門(橋爪大三郎、ちくま文庫) 07/03/23
☆シングル単位の社会論(伊田広行、世界思想社) 07/02/25
◇格差社会論/ロストジェネレーション
●勝手に絶望する若者たち(荒井千暁、幻冬舎文庫) 07/11/03
●下流社会第2章~なぜ、男は女に負けたのか~(三浦 展、光文社新書) 07/10/06
●ルポ最底辺-不安定就労と野宿(生田武志、ちくま新書) 07/09/02
●格差社会の世渡り-努力が報いられる人、報いられない人-(中野雅至、ソフトバンク新書) 07/06/20
●若者を喰い物にしつづける社会(立木 信、洋泉社新書) 07/06/11
●働きすぎる若者たち-「自分探し」の果てに- (阿部真大、NHK出版) 07/05/20
●下流志向 -学ばない子どもたち、働かない若者たち-(内田 樹、講談社) 07/04/06
●格差社会スパイラル(大和書房、山田 昌弘、伊藤 守) 07/04/04
●難民世代 団塊ジュニア下流化白書(NHK出版、三浦 展) 07/04/04
●新平等社会-希望格差を超えて-(山田昌弘、文藝春秋) 07/03/22
●希望格差社会-負け組の絶望感が日本を引き裂く-(山田昌弘、筑摩書房) 07/03/21
◇ジェンダー論/家族論
●女たちのスウェーデン~仕事も子供もが可能な国に40年~(レグランド塚口淑子、ノルディック出版) 07/11/02
●男はつらいらしい(奥田祥子、新潮新書) 07/10/21
●家族と住まない家―血縁からくらし縁へ―(春秋社) 07/03/16
●家族のリストラクチャリング(山田昌弘、新曜社) 07/03/12
☆シングル単位の恋愛・家族論 (伊田広行、世界思想社) 07/03/11
◇コミュニケーション/メンタルヘルス/心理
●人間関係のしきたり(川北義則、PHP新書) 07/12/12
●100%人に好かれる「聞く力」(齋藤 孝、大和書房) 07/08/26
●和田裕美の人に好かれる話し方 -愛されキャラで人生が変わる!-(大和書房、和田裕美著) 07/04/16
●ツキを呼ぶ 聞く技術 ”聞具”(ぶんぐ)でチャンスをつかめ(中島 孝志、ビジネス社) 07/04/14
●やめたくてもやめられない-依存症の時代-(片田珠美、洋泉社文庫) 07/12/12
●労働ダンピング(中野麻美、岩波新書) 07/12/06
●疑惑と行動 マルクスとフロイトとわたくし(エーリッヒフロム、東京創元社) 07/10/31
☆自由からの逃走(エーリッヒ・フロム、東京創元社) 07/10/27
●人の心はどこまでわかるか(河合隼男、講談社文庫) 07/09/27
●働きすぎの時代(森岡孝二、岩波新書) 07/06/04
●やまない雨はない(倉嶋 厚著、文春文庫) 07/03/09
☆過労自殺(川人 博著) 07/03/05
◇ライフスタイル/NPO/地域活動/自己啓発法
●「超」リタイヤ術(野口悠紀雄、新潮文庫) 07/11/25
●40歳から「脳」と「心」を活性化する(和田秀樹、講談社α文庫) 07/11/24
●「老いじたく」成年後見制度と遺言(中山 二基子、文春新書) 07/11/16
●おひとりさまの老後(上野千鶴子、法研) 07/09/02
●六十歳で夢を叶えよう-仕事、趣味、家族、お金-(角川書店、河村幹夫) 07/07/16
●「人間嫌い」のルール(中島 義道、PHP新書) 07/07/14
●自分に酔う人、酔わない人(勢古浩爾、PHP新書) 07/06/25
☆人は「感情」から老化する-前頭葉の若さを保つ習慣術(和田秀樹、祥伝社新書) 07/06/10
●50歳からのいい人生の生き方(松原惇子、海竜社) 07/05/18
●日本人の死に時―そんなに長生きしたいですか (久坂部 羊、幻冬舎新書) 07/04/28
●NPOという生き方(島田恒、PHP新書) 07/11/03
●大人のための勉強法(和田秀樹、PHP新書) 07/12/14
◇政治経済/法律
●腐食の王国(江上 剛、小学館文庫) 07/10/31
●エスピオナージ(麻生 幾、幻冬社) 07/10/19
●資本開国論(野口悠紀男、ダイヤモンド社) 07/10/13
●挑戦 巨大外資(高杉 良、小学館) 07/09/30
●兵士に訊け(杉山 隆男、小学館文庫) 07/09/25
●働かずに毎年1000万円稼げる 私のFX超活用術(野村雅道、講談社新書) 07/08/19
☆内藤忍の資産設計塾(自由国民社) 07/07/22
●金融腐食列島【完結編:第1巻】消失(高杉良、ダイヤモンド社) 07/07/02
●とてつもない日本(麻生太郎、新潮新書) 07/06/22
●ゼロからわかる民法(川田昇、平凡社新書) 07/05/30
●インテリジェンス 武器なき戦争 (手嶋龍一・佐藤優、幻冬舎新書) 07/04/30
●小泉官邸秘録(飯島 勲、日本経済新聞社) 07/04/26
●投資信託にだまされるな! 本当に正しい投信の使い方(竹川 美奈子、ダイヤモンド社) 07/04/25
●構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌(竹中平蔵、日本経済新聞社) 07/04/24
◇ノンジャンル
●ネオ家事入門(朝日新聞社) 07/03/08
●走って、食べて、ヘルシーライフ!(谷川真理、PHP新書) 07/07/28
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和田秀樹さんの本は、「人は感情から老化する」を読んで以来、注目している。今年3冊目を読んだことになる。
著者は、勉強について、これまでのライフサイクルモデルが通用しなくなったことを強調する。
つまり、過去においては、大学に入学するまでに懸命に勉強すれば、定年までの良い収入と、潤沢な年金生活が保障されたが、長寿社会になり、日本型年功序列型賃金制度も崩壊したなかで、「勉強は一生必要」だという。
また、他の著書にも同じ趣旨のことが書いてあるが、勉強は老化防止の有効な手段であるということも強調されている。
今回、改めて認識したのは、「復習の重要性」だ。復習の妙味は、かけた時間に対して得られるものが多いというコストパフォーマンスにある、とのことだ。復習は、けっこう楽しくないのだが、今後勉強するときは、復習することも心がけたいと思う。
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人間関係は難しい。
著者は、人間関係をできるだけ円滑にしようと、「相手に合わせる」ことはやめたほうがよいという。このくだりが序文に書いてあって、気になって購入してみた。「好かれようと思ってはならない」、「つきあいを絶つのも重要」、とも説いている。そうだよなあ、と思う。
40才のこの歳になって、「人と合わせすぎない」ことの重要性がわかってきたような気がする。「自分は自分、他人は他人」であることを、受け入れることができるようになってきた、ともいえる。このところ、人間関係がラクになってきて嬉しい。
もっとも、人はいろいろ、徹底的に嫌われているという人もいるにはいるのだが、生理的なものもあるので「仕方がないかな」とも思っている。
以前は、人に合わせようとして必死に喋っていたような気がする。最近は、沈黙が苦ではなくなった。
その他に、本のなかで、印象に残ったひとこと集
●良い人間関係を維持するには、「初対面のういういしさ」で付き合うこと
●陰口は、後で当人の前で言える内容にしておけ
●友人は無理に作る必要なし
●誰でも人から言われて変わるのはイヤだ。
⇒相手を変えようと思うなら、逆に「期待する人間像」を語れ。
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著者の片田や氏は、精神科医であるとともに、神戸の私立大学で教鞭をとるとともに、精神科治療における安易な薬物療法に警鐘を鳴らしておられる。
競争社会に立ち向かうために、薬物を使用するようになる人々が増えている。とくに、成果主義が最も浸透しているプロスポーツの世界で、薬物乱用が多い。
以前、神戸市立中央体育館の主催行事として、五輪やサッカーW杯などのスポーツビジネスに関するセミナーを受講したとき、講師の先生が、興味深い話を披露してくれた。
「ドーピングがバレずに五輪に優勝できるが、その後に死に至る薬があれば、飲むか?」というアンケートをプロスポーツ選手に取ると、かなり高い比率のスポーツ選手が「飲む」と答える。それほどに、トップ大会での優勝は魅惑的なのだ。
エーリッヒフロムは、「自由からの逃走」のなかで、「自由の重圧に耐えられない人は、権威への服従を選び、自由を喜んで放棄する」といった類いの文章を書いている。
近代合理主義の結末として、我々は、自らの責任で人生を選び取ることができる「自由」を、かなり獲得した。でも、それは重圧だ。とくに、今は副作用の小さいドラッグが多数流通している。自由の重圧、個人主義の重圧から逃れんがために、薬物依存に走る傾向は止まらない。ちなみに、アルコール依存も、立派な薬物依存だ。
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本書の著者は、労働組合から派生した「日本労働弁護団」の要職を務める弁護士である。労働界における論客といったところか。
労働法は、資本主義社会の欠点を補完するための社会的規制である。つまり、強大な資本に対抗するために、個々の勤労者が団結して対抗するとともに、労働条件の最低基準として、「1日8時間労働」としての労働基準法などの法制がある。
労働基準法では、労働者供給事業は原則禁止されていて、ごく限定された専門分野のみで許可されてきたが、規制緩和によって、原則自由化された。ここに、非正規勤労者が経済競争によって正社員を駆逐し、全体の労働条件がダンピングされる構造が生まれた。
企業側が、転勤も残業もいとわずハードに働く者のみを高給を与える正社員として選別することは、間接的な男女差別でもある。育児や家事や介護にかかわる女性は、正社員のグループに居続けられないからだ。
日本は近い将来、深刻な労働力不足に陥る、と著者はいう。解決のためには、「同一価値労働、同一賃金原則」によって、パートや派遣など異職種であっても同一賃金を支払うシステムに変えなければならない、という。
労働は美徳だと思うが、過労は美徳ではない。サービス残業、過労死や自殺の多発は、先進国の体をなしていない。
民主党は、労働組合の組織内候補が多いとして批判されることが多いが、仮に、民主党への政権交代が実現すれば、企業よりの労働法制はかなり変わるのではないだろうか、とも思った。
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歴史の開闢以来、日本人の多くは、男も女も働くだけで一生を終えてしまっていた。だから、退職後の人生を持たない人が多かった。
江戸時代後半は、成熟社会であった。隠居は社会の厄介者ではなく、「道楽」に打ち込み、地域社会のなかでも重要な役割を果たした。一方で、武士は隠居生活を楽しめなかった。社会の停滞したことにより武士は実質的に失業してしまい、仕事に生きがいを見出せなくなったことが大きな要因だ。
いまは、江戸時代後半に似て、高度成長社会から停滞社会に入った。大組織の中で働く人々が、いまだに集団主義的価値観から抜け出せず、江戸時代の農民や町人のような自由で自主的な価値観を持っていないことが問題だ、と著者はいっている。
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和田さんの本は、「人は感情から老化する」が面白く有意義だったので、もう一冊買った。この本も、とてもよい。
前著では、人の活動の原動力の源は感情にあり、歳をとればとるほど、感情を刺激しつづける生活をすることが、老化を防ぎ、中高年が活力ある生活を送るために必要だ、という趣旨のことを述べている。本著は、前著とはまた違った切り口で、感情の劣化を防ぐための方法論を述べている。
感情の老化を防ぐための刺激の候補として、不確実性と、向上心を刺激する活動を挙げている。たとえば、勝負ごと、賭けごと、恋愛など。また、楽しめる勉強、やれば向上できる勉強というのも、老化防止に寄与するそうだ。
また、中高年になると感情の制御が難しくなるので、欠点を補うために、専門家や親友などの仲間に頼ることが大切で、仲間を増やすために、「出会い」と「打数」を増やすことを勧めている。
最近の自分自身を振り返ると、時間の使い方を多重化し、名刺配りの数値目標により、「出会い」と「打数」を増やすことに心がけてきた。ここまでは、大筋では老化防止に役立っているのだろうと思う。しかしながら、身体体験よりかは勉強に偏っているので、来年は、もっと直接的に感情を刺激するような、エキサイティングな体験をどんどんしていきたいと思っている。
感情というのは、実際に老化が進んでしまってからでは、多少刺激したところで、沸き立たなくなってしまうものなのだそうだ。著者いわく、40代は、なにが自分の感情をよく刺激してくれるかを探し、試す時期だという。
せいぜい感情を刺激するような生活をしたい。でも、感情が暴走して意固地な「老害」にならぬよう、周辺にいる頑固者の生態を他山の石として、そうならぬよう気をつけたいと思った。
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「老いじたく」の文字に興味を覚えて、購入してみた。
著者は、成年後見制度の普及に取り組む弁護士である。
高齢者の悪質商法での被害が後を絶たない。老いて判断能力が低下しても、民法上の契約主体として完全な決定権を与えられている以上、契約は「本人の自己責任」である。詐欺的な契約であっても、合法の範囲であれば、契約の取消しは容易なことではない。
成年後見制度は、認知症など社会的弱者の権利を擁護するために2000年に新設された制度で、老いて判断能力が欠如したときに、第三者である後見人が後見事務(財産管理や生活・療養看護)を行うものだ。さきほどの悪質商法について言えば、後見人が契約を取消せる。
「老いじたく」として、元気なときに、成年後見制度の一類型である「任意後見制度」によって、後見契約を締結して後見人を定めておくことで、いざ判断能力が欠