有用な資格とは
このあいだ、とある人と話していた。「有用な資格とは何だろう?」
これは、かなり難しいテーマだ。世の中には、星の数ほど資格があるが、有用なものは多くない。ほとんどの資格は技能検定に毛の生えたようなもの。業務を独占できるような価値の高い資格は、非常に少ない。
例えていえば、英検やTOEICだ。持っていなくても、英語は使える。
(使える能力は別問題として)
そもそも、今は、労働力は余っているのである。なぜか?
主な原因は、ITとグローバル化のおかげだ。
私が社会人になったころは、高卒者は、メーカーの工場や女子であれば銀行などの金融機関が大量に取っていた。それが、あっという間にパソコンが普及し、単純頭脳労働はコンピューターに取って変わられ、製造現場も究極まで自動化が進んだ。少数残った正社員や技能者の採用枠は廃止され、派遣社員に代替されてしまった。
労働生産性が上がれば、需要と供給の関係から労働ダンピングが起きるのは自明の理であるが、さらには、グローバル化による国際間競争の拡大は、さらには、発展途上国の労働者とも賃金水準での競争を余議なくされた。
(インフラや社会保障水準が違う発展途上国とわが国が、同一の賃金水準に合わせられるはずがない)
現代は、ITが労働生産性を著しく高めているが、これと似た話は、過去にもあった。産業革命が起こったとき、人力から機械力に代わって、労働生産性が上がった。その当時、「労働時間が、1日6時間になってゆとりある生活になる」と言われたそうだ。
最近、似たようなフレーズを聞いたことがなかっただろうか?
ITによる労働生産性の向上でも似たようなことが言われた。だが、結果的には、ITによって労働が過密になっただけではないだろうか。昔も今も、労働生産性の向上は勤労者には還元されず、資本の蓄積に廻っている。
これだけの国民総生産がありながら、過重労働をしなければならない国は、何か根本が間違っている。これから経済が衰退したら、さらに労働条件を切り下げるのだろうか?
話を本題に戻す。
勝間和代さんが、ある本で、おもしろいことを書いていた。
「ひとつの資格で食うことは難しいので、複数の資格を持つとよい」
変化の激しい時代、個人が蓄積し続けなければならないのは、宿命なのかもしれない。
できるだけ好奇心を旺盛にして、来年も、間口を広げつづけてゆきたいと思う。


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