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2008年12月31日 (水)

有用な資格とは

このあいだ、とある人と話していた。「有用な資格とは何だろう?」

これは、かなり難しいテーマだ。世の中には、星の数ほど資格があるが、有用なものは多くない。ほとんどの資格は技能検定に毛の生えたようなもの。業務を独占できるような価値の高い資格は、非常に少ない。

例えていえば、英検やTOEICだ。持っていなくても、英語は使える。
(使える能力は別問題として)

そもそも、今は、労働力は余っているのである。なぜか?
主な原因は、ITとグローバル化のおかげだ。

私が社会人になったころは、高卒者は、メーカーの工場や女子であれば銀行などの金融機関が大量に取っていた。それが、あっという間にパソコンが普及し、単純頭脳労働はコンピューターに取って変わられ、製造現場も究極まで自動化が進んだ。少数残った正社員や技能者の採用枠は廃止され、派遣社員に代替されてしまった。

労働生産性が上がれば、需要と供給の関係から労働ダンピングが起きるのは自明の理であるが、さらには、グローバル化による国際間競争の拡大は、さらには、発展途上国の労働者とも賃金水準での競争を余議なくされた。

(インフラや社会保障水準が違う発展途上国とわが国が、同一の賃金水準に合わせられるはずがない)

現代は、ITが労働生産性を著しく高めているが、これと似た話は、過去にもあった。産業革命が起こったとき、人力から機械力に代わって、労働生産性が上がった。その当時、「労働時間が、1日6時間になってゆとりある生活になる」と言われたそうだ。

最近、似たようなフレーズを聞いたことがなかっただろうか?

ITによる労働生産性の向上でも似たようなことが言われた。だが、結果的には、ITによって労働が過密になっただけではないだろうか。昔も今も、労働生産性の向上は勤労者には還元されず、資本の蓄積に廻っている。

これだけの国民総生産がありながら、過重労働をしなければならない国は、何か根本が間違っている。これから経済が衰退したら、さらに労働条件を切り下げるのだろうか?

話を本題に戻す。

勝間和代さんが、ある本で、おもしろいことを書いていた。
「ひとつの資格で食うことは難しいので、複数の資格を持つとよい」

変化の激しい時代、個人が蓄積し続けなければならないのは、宿命なのかもしれない。
できるだけ好奇心を旺盛にして、来年も、間口を広げつづけてゆきたいと思う。

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お勉強ざんまい

お正月休みの9日間を、受験勉強に集中的に充てている。

1日24時間あるとはいうものの、集中力がずっと持続するわけでもなく、実際には、1日6時間から7時間程度しかできないが、それでも、毎日続けてやっていると、よくはかどる。

いまは、全8冊中、5冊目のテキストの音読がほぼ完了。この休み中には6冊目を完了させるところまで進みたい。そうすれば、1月の下旬には、8冊すべて読了する。

音読の効果は抜群で、霧の中に埋もれていた部分がすっとわかるようになってきたのは、大きな収穫だ。ずっと音読しつづけるのも大変なので、飽きたら読了部分を黙読で読み返しているが、以前に比べて、非常に理解度が上がった。満足だ。

1月下旬からは過去問を使った問題演習だなあ、と思っている。10冊で1000問。(といっても、5択なので、実質は5000問の○×) これを、できるだけ早期に1巡させるのが計画である。

いまで、勉強時間は、のべ250時間。7月の受験までに1000時間くらいはこなしたい。

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2008年12月30日 (火)

短期日雇い派遣の雇用保険

この不景気で、派遣労働者の苦境が伝えられている。

今年は、社労士試験の受験で、労働保険(雇用保険・労災保険)、健康保険、年金に触れる機会が多かった。その中で、非常に疑問に感じたのが、派遣労働者の制度的保護で、とりわけ問題だと思ったのは、雇用保険だ。

正規雇用の労働者に対しては、失業や雇用継続が困難な事情(病気、出産、介護etc)があったときは、それなりの休業補償が出る仕組みが構築されている。

これに対し「短期間雇用される労働者」は、雇用保険を掛けなくてもよい。これが、派遣労働者の保護に欠ける原因になっている。(なお、派遣労働者の雇用主は、派遣先ではなく派遣元なので、1年を超えて反復継続して雇用していてはじめて雇用保険の対象になる)

つまり、その枠組みにはまらない非正規雇用者は、非常に保護されづらい仕組みになっている。労働者派遣法が大幅に適用拡大されたときに、十分に想定できた問題だ。当時、なぜ対策を考えなかったのだろうか。

例外的に、日雇労働者向けには別の制度がある。事業所もしくは住所が特定地域であることが主な要件であり、「寄せ場」に集結する土木・建築作業員を想定した制度だが、日雇労働者は、日々、雇用保険印紙を手帳に貼ることで、失職時に雇用保険の保護が受けられるようになっている。

せめて、日雇労働者並みの保護は受けられるよう、法改正してもよいと思う。

もっと言うなら、なぜ短期間雇用の労働者だけが別扱いになっているのだろう、という疑問も感じる。厚生労働省は、使用者側に過度に配慮したのだろうか、とも勘繰りたくなる。

なお、同様の問題は、同じく雇用保険の適用除外になっている「一週間の所定労働時間が短いアルバイト・パート労働者」にもある。

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2008年12月29日 (月)

走ることの曲がり角

ここ数年、走ることを中心にオフタイムを組み立ててきた。
だが、ここに来て、曲がり角に来ているのではないかと感じている。

何でも、やりはじめは楽しい。横腹が痛いだの、膝が痛いだの、足がつるだのといった初期トラブルを越えたときは、まさにイケイケであった。山歩きをやっていたせいもあるが、練習開始後4か月でフルマラソン、そこからさらに半年で100km完走と、トントン拍子に進んだ。

ある時期までは、ゆっくり走り続ける努力に比例して、ぐんぐんと成果が現れることが面白かった。だが、そのような練習法ではタイムが伸びない時期がやってきた。

さらに記録を伸ばすためには、長距離の練習は確実にこなしながら、短距離のスピードもあわせて追求する練習メニューが求められる。それは、とても時間がかかる。

走ることは、本当に時間がかかる。そのことが暇な独身者にとっては、このうえなく魅力的で、よい生きがいを供給してくれた。(笑)

だが、あるときから、走ることに費やしている時間の半分を違うことに使ってみたくなった。すると、別の生産的なことが、たくさん遂げられる。走る時間を節約することで、新たな世界が広がった。限られた時間で走行距離を確保しようとしたことが時間管理の良い訓練となり、あわせて、物事に対する集中力を養うよい訓練になっていたのだと気付いた。私は、走ることで貴重な無形財産を得られたと思う。

今後は、走ることは、ほどほどに楽しくやろうと思うが、いま一番楽しいのは、毎日短時間の練習である。毎日20分なり30分、走ることによる気分転換は欠かせない。短い時間に集中して汗だくになっているときには、雑事を忘れる。

おそらく、この魅力は、いつまでも色褪せないだろう。

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無銭飲食 つづき

きょうの昼食は、カレーを食べた。

となりの席に座っていたお姉さん2人組が店から出て行き、慌てて戻ってきた。
「無銭飲食するところやったわ」

どうやら、お金を払わずに店から出ていったらしい。
(お互い、相方が支払ったのかと思ったのかな。)

そもそも、店員さんたちは作業に忙しく、人の出入りはノーチェックという雰囲気。
たぶん、食い逃げしててもバレなかっただろうと思うが、きちんと払いに戻ってくるなんて、
日本は、国民が賢くて、良くできた国だと思う。

余談だが、走っている最中に財布を落としたことがある。
リュックを背負って快調に帰宅ランして、走り終えて気づいたら「財布がない」。
真っ青になった。

来た道を逆走し、財布を探すも、まったくない。とりあえず、家に帰って寝ないといけないので、そこから3時間ほどかけてトボトボ歩いて帰った。

翌日、警察から電話。無傷で届いていた。ほとんど新品の6か月定期、複数枚の1万円札、カード類などなど。

後日、取得者に(遺失物法で定められている)謝金を渡しに行ったときに話を聞くと、「定期が入っていたから、すぐに取りにくるだろうということで、30分ほど待っていたんですよ。いったい、どこに行ったのかな?と思ってました」

本当にいい人だ。謝金もなかなか受け取っていただけなかった。
それにしても、走ってたとは格好悪くて、言えんかったね。

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2008年12月28日 (日)

無銭飲食

ジムからの帰り、駅前のうどん屋で遅い昼食を取っていた。すると、ご老人と店員さんが言い合いをしている。どうやら、無銭飲食らしい。

食べながら、聞くつもりもなかったが聞いていると、何度か財布を持たずに食べてしまって、毎度、お目こぼしをしてもらっていたようだ。だが、「今回が最後、今度やったら警察やで」と、きついお灸を据えられていた。

(本人は過失のつもりのようだが、度重なると、店側としても黙認できないのだろう)

予断はいけないが、少々呆けている感じ、憂鬱っぽい感じもした。店員から叱られて、自責の独り言を延々と発していた。

世の中に超高齢者が増えてくるということが、これから、さまざまなところに波及していくのかなあ、なんてことを思った。

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会社法

司法書士試験の受験勉強は、地味にテキストの音読を続けている。

初めのステップとして、8冊で3千ページ近いテキストを、約30ページずつに区切りながら、「3回音読」を通す作業をずっとやっている。

8冊のうち4冊目まで終わった。4冊目の会社法は、株式会社などの成立・消滅、株式、組織、合併などを扱う科目だが、テキストが600ページ近くあって、取りかかったときは果てしなく思われた。

それでも、音読しながら頭に入れていく作業は、非常に効果的で、「分からないところが分からない」というレベルからは脱却して、少しずつ霧が晴れてきたような気がしている。

きょうから、9日間の正月休みだが、休みをフル活用して、頑張って読み進めたい。2月中旬ごろの読了を予定していたが、調子よく進んでいるので、1月末頃には読了できそうだ。テキスト読みが早く終わると、問題演習に時間を割けるのでありがたい。

7月第1週の試験までに、なんとか、合格ラインのギリギリくらいまではたどり着きたいなあ、と甘い希望を持っている。

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練習日誌

12km/時にて、5km。

加古川マラソンが終わってのんびりしていたが、復活。
まずは、ぼちぼち。

それでも、明日でジムは年内の営業終わりだしなあ。

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2008年12月26日 (金)

【読書】高齢者医療難民(吉岡充・村上正泰、PHP新書)

この本では、吉岡さんは医療現場の立場から、村上さんは、財務省から厚生労働省に出向し、医療制度の制度設計を行った当事者として、高齢者医療に関する問題提起をしている。

私は今年、社会保険労務士を受けたことがきっかけで、年金・医療・労働について関心を持つようになった。

高齢者医療が経済に及ぼす影響は、深刻だ。とにかくカネがかかる。後期高齢者医療が導入される前の医療制度は、自治体が保険者となり、経費は主に現役世代の健康保険にツケ回しする構造になっていて、現役世代に余力がある時代は廻っていたが、高額な医療費を要する後記高齢者が今後激増すれば、財政が廻らなくなるという大きな問題点があった。

そこで、都道府県単位という地域単位で収支決算を行い、経費の1割を後期高齢者が負担、5割を公費助成、4割を現役世代からの支援とする新制度ができた。運用の面においてギスギスしているのは報道のとおりだが、基本的な方向は誤っていないと思う。

ところで、この本の主題は、介護療養病棟である。

急性期を脱した患者が入る病院が療養病棟だ。(俗っぽいいい方をすると、老人病院)
今は、介護保険制度があるので、介護保険が適用される介護療養病棟と、健康保険などが適用される医療療養病棟がある。

厚生労働省は、介護療養病棟が社会的入院(入院の必要がないのに入院している)の元凶だとして、全廃する方針を決めた。介護職の人件費を減らして、医療費を抑制したいという厚生労働省の考えだ。

高齢者医療には、医療だけでなく介護も必要なので、介護サービスが相対的に低い医療介護病棟では、要介護度の高い患者の受け入れ拒否、人手不足による拘束(ベッドに縛ってしまう)の多発などの問題が生じると著者はいう。

難しい問題だ。国民が出せるカネは決まっているし、介護に人手をかけると医療費がどんどん膨らんでいく。ほんとうに難しい問題だ。(医療現場は、どんどん人を増やせと主張するだろうが、それはものごとの一面にすぎない)

おそらく、医療は長らく保護されてきている産業で、競争が乏しく生産性が低いところに根本の問題があるのだろう。農業でも建設でも小売でも然り、負担者がある以上、ある程度の経済性は必要であり、経済性を確保するためには適度の競争原理が働かなければならないと思う。

国民皆保険は良い制度だが、競争性と経済性を阻害してきた側面もある。

ただ、医療と福祉の経済性の追求に限界があるならば、医療と福祉にカネを回すために、社会の別の部分の効率性を向上させて、その果実を医療などに振り向けることも、あわせて考えなければならないだろう。

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2008年12月24日 (水)

一万人の第九 テレビ放映

昨日は、加古川マラソンから帰ってきて、午後4時から、「一万人の第九」のテレビ放映を見た。

今年は、本番の第1部のゲストCHEMISTRYが、「約束の場所」を、大阪・淀川工業高校の吹奏楽部とのコラボレーションで演奏したことにスポットが当てられていた。

高校生は、顧問の名物先生も部員の生徒たちも活き活きしていた。あの表情の豊かさは、いまどきの高校生があまり持ち合わせていないものではないかな、と感じた。

(「約束の場所」は、1万人の出演者は直前に練習したが、テレビにはほとんど映っておらず、音もほとんどカットされていた。本番の仕上がりが良くなかったので、テレビで放映できる完成度に達しなかったのだろう)

メインの「第九」第四楽章の合唱は、今年はエンディングのやたらハイスピードがメインテーマだったように思うが、テレビで聞くとそれなりに合っている。不思議だ。

テレビ放映をみて、2週間前の感動を改めて思い起こした。

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自由からの逃走

自由からの逃走は、ドイツ生まれの社会心理学者エーリッヒ・フロムの名著である。フロムは、ナチに追われてアメリカに帰化した。出版は、1941年(昭和16年)。ナチズムの全盛期だ。

人類は、段階的に自由を獲得してきた。近代革命によって人権を獲得し、経済的自由を獲得し、職業の自由を獲得してきた。

自由とは個人による選択の幅が拡大することだ。

身分社会であれば、職業は生まれながらにして決まっていたが、自由社会では、就職活動が必要になる。長らく婚姻は主にお見合い結婚だったが、今は「婚活」をしなければ成婚はおぼつかない。宗教によって、信じるものは救われてきたが、近代の合理主義は、キリスト教会の権威に代表される宗教を解体した。長らく家族は経済と福祉の必要から維持されてきたが、これも嗜好の範囲になりつつあるのではないだろうか。

このように選択の幅がどんどん拡大していくと、個人は不安になる。選ぶことは、大変なのだ。近代の個人に課せられた宿命であるともいえよう。

自由の代償としての不安の呪縛から逃れるため、権威にすがる行動に出るのも人間の弱さの発露だ。

ドイツでは、(独裁ではなく)民主的な手続きによってヒトラーが選出された。第一次世界大戦後の社会不安に便乗したものだ。

日本では、戦前は天皇制という権威に、戦後は会社という権威に、個人が不安を逃れるためにすがってきた。だが、超高齢化社会が到来して、権威は破たんした。生涯を通じて所属できる強力な権威などないのだ。

えてして、不安は、個人が強くなることによって引き受けて解決するしか、方法がなくなっているのである。

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なるとの第九

http://www.tv-naruto.ne.jp/daiku/

今回もお誘いをいただいたので、来年6月の演奏会に出ることに決めた。
近日中に出席の旨、回答する。

司法書士試験の1月前なので、だいぶ迷ったのだが。

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「共働の作法を学ぼう」ワークショップ

http://www.with-kobe.or.jp/college/koza1.htm#koza5

勉強で多忙だが、やりくりして、3日間にわたるワークショップに行ってくることに決めた。

実は、去年の同じ時期に、同じ講座が開催されていたのだが、ランニングと予定がぶつかって行けなかったので、今年は、即座に申込みを決めた。

講師は、川島憲志さん。以前、氏の1日のワークショップに参加して、非常に印象が良かったことが、今回の参加を決めた大きな要因でもある。

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【読書】ワークライフバランス(坂東眞理子・辰巳渚編集、朝日選書)

受験勉強に手を取られて、読書量が極端に減っているが、ひさしぶりに本を読んだので、感想を上げる。

(坂東眞理子さんは、ベストセラー「女性の品格」の著者として知っておられる方も多いと思う)

この本は、第一線で働く6人の女性が、ライフとワークを豊かに両立するノウハウについて語っている。

一冊読み通して思ったのは、片稼ぎの家族形態は、限界に来ているということだ。男女雇用機会均等法ができて20年、曲がりなりにも、男女が共に働く環境が整備されてきた。

女性が精神的に自立するためには、夫に経済的に依存しない(いつでも離婚できる)経済的基礎が必要だと思うし、逆に男性については、妻に精神的に依存しない生活力が必要だと思う。

(某大臣ではないが)女性が産む機械であり、男性が働く機械であった家庭内分業体制は、欧米に追い付く経済的要請の時代背景では合理性があったが、いまや、分業の優位性は失われている。

エスカレーター式の進学校のように、男は会社に入って、女は家庭に入ったら、自動的に生きがいが供給されたときは終わった。時代は確実に切り替わると思う。タテ社会に長いあいた寄りかかってきた男性は、女性以上に大胆に切り替えを迫られている。

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2008年12月23日 (火)

加古川大堰にて

加古川マラソンで出会う、エイドのおばさま。
毎年、加古川大堰の下のところにおられる。

加古川マラソンでは、加古川大堰を3回通る。1度目は8kmくらい、上流から折り返してきて12kmくらい、そして最後に、右岸の長旅から帰ってきた35kmくらいだ。

いつも感心するのは、「がんばって~」と応援してくれるのだが、気合いの入り方が並みではない。みんなに叫んでくれて、気合いを入れてくれる。

「今年もいるなあ、ありがたいなあ」といつも印象に強く残る。

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加古川マラソンに参加

きょうは、年末の恒例となっている加古川マラソンに参加した。

今年は、ほんとうに練習していなくて、過去1か月に120kmほどしか走っていない。頑張っているときは、月に300km以上やっていたので、まったく雲泥の差だ。

そうなので、先月の福知山マラソンよりは「少しマシ」くらいかなあと思っていた。朝、仲間に会ったので、「3時間36分~37分くらいかなあ」と自己予想を言っておいた。

作戦は、1km5分で30kmまで進み、そこからは足が持たなくなってくるので、成り行き任せという展開を考えていた。

ただ実際にレースが始まってみると、やめときゃいいものを欲をかき、4分50秒くらいで30kmくらいまで進み、あとは、ペースがガタ落ちになった。

まあ、去年のように30km以降「すべて歩き」という悲惨なことにはならず、一応は走り通せたのは、福知山に出場した成果だろう。

結果は、3時間45分だった。

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2008年12月22日 (月)

加古川マラソン

あしたはフルマラソン。ほとんど練習してないのだが、
まあ、やれるところまでやってみる。

それにしても、寒そうやなあ~

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2008年12月21日 (日)

不合格だと通知が来ない

情報処理試験は、ススんでいるのか、どうなのか。

HPに、「不合格者には、一切通知が届きません」との旨が書いてあった。
どおりで、通知が来ないはずだ。

これまで色々試験を受けたが、合否の通知が郵送されない試験は、初めてだ。

「不合格の場合、通知を送らない」ということは、受験票に明記しておくべき
事項のように思うのだが、受験票では、そのような事実は読み取れなかった。

不親切ではないかなあ。

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情報処理試験 不合格

10月に受けた情報処理試験の結果が分かった。不合格だった。

「12月中旬発表やのに、まだハガキが来んなあ」と思って、試験センターのHPを
のぞきにいくと、数日前に発表になっていて、↑の結果だった。

今回、受験したのは、ソフトウェア開発技術者。以前は、「1種」と呼ばれていた試験だ。

ボーダーラインは、午前、午後Ⅰ、午後Ⅱの3科目で、それぞれ6割ということだが、
午前は6割強、午後Ⅰは、6割弱、という結果でアウトだった。
 (午後Ⅰで足切りにかかったので、午後Ⅱの結果は、非公表)

感触では、ギリギリ行けたと思ったのに。
社労士とあわせて、連敗である。

なんとも残念だった。

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練習日誌

12km/時にて、5km。

フルマラソン前なので休養していたが、どうも身体がなまって、5kmだけ走った。
ひさしぶりに運動すると、気分がいい。

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2008年12月15日 (月)

会食

先週は予約なしでお店に入って、満席。予定外の出来事に、さまよってしまったので、
今週は、同じ失敗を繰り返さないよう、ちゃんと予約して行った。

奇しくも、きょうは神戸ルミナリエの最終日。

飯を食い終わってから、ルミナリエを見に行った。
午後9時半の消灯が見られてラッキーだった。

少々厚かましくも、腕組んだりして歩いた。
ささやかな幸せだね。

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後期高齢者医療制度は必要だ

http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20081214-03-0901.html

非常によくまとまっている。

なぜ、このような正論がもっと世の中に浸透しないのだろう。

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2008年12月14日 (日)

練習日誌

12.0km/時にて、17km。

追い込みの練習で、ちっとはマシになってきたかなあ。
余力があれば、さいご火曜日にもう一回くらい走っておきたいが。

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同時進行能力

男は、同時に複数のことをできない人が多いと、どこかで見た。

わたしは、コンビニに行ったとき、クレジットカードでよく買い物をする。

商品のバーコードスキャンをしている途中に、財布からクレジットカードを出すと、女性店員は、たいていカードをレジに入れる処理を優先するのだが、男性店員は、カードを見ても、たいていスキャンを続行する。

以前から、「なんでかな? カード処理が時間かかるから、割り込ませてやってくれればいいのに」と思っていたが、どうやら、それは、男性特有の「同時進行能力」の問題であることに、最近気づいた。

管理職というのは、同時進行するプロジェクトを管理するのが本分なので、実は、管理職は、女性向きの仕事なのかも?

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練習日誌

12.0km/時にて、13km。

途中で飽きて、13kmで終了。まあ、こんなもんかなあ。

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2008年12月13日 (土)

練習日誌

5分/kmで、10km。

昨日と同じメニュー。まあまあ調子よい。
でも、あと10日あまりで、加古川フル。週末は、長距離を頑張ってみますか。

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きのうの練習日誌

5分/kmにて、10km。

平日の晩に練習できるのは、10kmが限界と思うので、このへんでやめといた。
まあまあ、良い調子では。

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2008年12月12日 (金)

きのうの練習日誌

5分/kmで、5km。

かなり久しぶりに走った。福知山以来だ。
ブランクあったんで、こんなもんだろう。

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2008年12月11日 (木)

会食

予定していたお店、予約入れずに行ったら、「満席」って断られてアワ食ってしまった。
なんとか、臨機応変で違うところに入ったが。

回数をかけて、コミュニケーションしていくことが重要なんだろうな、と思っている。

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「サントリー一万人の第九」に参加して

遅ればせながら、3回目の参加となった「一万人の第九」の感想を、簡単に書いてみることにする。

今回、はじめて経験者クラスに登録した。神戸から大阪まで通うことになったが、練習回数が、初心者の12回から6回に半減し、経験者向けの高度なレッスンは、収穫が多かった。

「第九」は第1部のアトラクションと、第2部のクラシックの部分に分かれている。

今年の第1部のゲストは、ケミストリー。1万人で歌った「約束の場所」は、はじめて聞いた歌だったのだが、すごく気に入った。クラシックとはまったく違うノリで、高年齢者が多い「第九」の合唱団は、リハーサルのときにノリが悪かったので、ご指導の先生から叱咤が入った。「明るい曲やねんから、頭の上で手拍子取るくらい盛り上げてよ」

その成果もあってか、本番ではまあまあノリノリだったと思う。テレビにみなのパフォーマンスがどう映っているかな。今回は、本番でこれを歌ったせいで、「第九」に入る前に早々と感無量になってしまった。

今年の佐渡先生は、最後の速い部分を「とにかく速く歌って合わせる」ことを狙っていたと思う。事前の合同練習でも強調されていたし、リハーサルでもやたら速く振っていた。
 (前日のリハでは、中央より遠方にいるソプラノ・アルトが、まったく合っていなかった)

「練習でもこんな速く歌ったことないで、とんでもないスピードやなあ、だいじょうぶかいな」
と思っていたが、本番でバッチリ合っていたのには驚いた。この大会は、年々合唱の質が向上しているらしい。

ところで、今年は、スタンド席の第1列のほぼセンターという、めちゃめちゃ良い席に当たった。一番TVに映る可能性の高い場所だろう。今年は、加古川に走りに行っている間にビデオに撮っておこう。

熱しやすく冷めやすい私だが、「第九」は続いている。自分にけっこう合っているのかな。

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2008年12月 8日 (月)

一万人の第九に参加

土曜日、日曜日と、長い長い2日間。

とりあえず、3度目の出場を終えた。
きょうは興奮しているのか、寝付きが悪い・・・・

長い2日間は、後日ブログに記録することにする。

金曜日から4日連続で飲み会。明日は、最終日。
 (明日が、一番楽しみの飲み会である)

4連チャンが終わったら、ブログに向かうとしますか。

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京都家裁書記官逮捕

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008120700110&j1

事件は、家庭裁判所の書記官が、振り込め詐欺の疑いがあるとして凍結されていた口座に対して、ニセの判決文を作って口座凍結を解除させた容疑である。

裁判所の書記官が、判決として民間に文書を出せば、ほぼ絶対の通用力があるのではないだろうか。世の中の権利関係は、ほぼすべて動かせてしまう。

今回は、銀行預金がターゲットだったが、不動産登記を動かすのなんて楽勝である。
まったく、とんでもない事件だ。おそらく、過去に例のない不祥事ではないか。

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2008年12月 6日 (土)

忘年会

きょうは、一足早い、職場の忘年会だった。

料理は、なかなか食べる機会のない「ふぐ」だった。
たまに食べると、うまいね。

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2008年12月 3日 (水)

会食

今晩は、会食だった。
かなりひさしぶりに、お相手してもらった。

いま、旅立ちの時期じゃないかな、との思いは伝わったかな。

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誰からも愛されるジャガイモ、佐渡裕さん

http://www.asakyu.com/column/?id=556
http://www.asakyu.com/column/?id=560
http://www.asakyu.com/column/?id=564
http://www.asakyu.com/column/?id=568

佐渡裕さんインタビューの、朝日新聞連載記事。

今週日曜日は、佐渡さんの指導を受けた。

わずか1時間半の指導であったが、頭脳の明晰さを感じた。多数のパートを同時に指揮する指揮者は、非常に高度な判断を瞬時に下す専門職であり、頭のよさがなければ務まらない仕事だと思った。

きょうは、文字になった書きものを読んでいて、ここでも、話し言葉を想起させるような切れ味のシャープさを改めて感じた。

優秀な人は、言葉に無駄がないのである。

(逆にいえば、デキない人ほど、話ばかりが長いので、マトモに相手していると限りなく時間を奪う、うっとうしい存在だ、という逆説も成り立つ。)

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2008年12月 2日 (火)

神戸の情報サイト

http://www.equiv.net/

偶然、良さそうなページを見つけた。

とくにグルメのページが素晴らしい。
食べ歩きで、かなり遊べそうだ。

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2008年12月 1日 (月)

いじめられっ子

私は3月生まれの、おひつじ座だ。
しかも、いっとき流行った動物占いでは、「ひつじ」ときている。

「ひつじ」の特性は、分厚い羊毛に守られて、なかなか本音を明かさないことなのだそうで、その点については、当たっているかもしれない。

そんな話を、ある飲み会の席でした。
すると、「本音ベースになると暴れたりするんですか?」というツッコミが来た(笑)
「いや~ 喧嘩なんかぜんぜんできないよ、いじめられっ子だったから」と返した。

振り返ってみると、わたしがいじめのターゲットになったのは、肥っていてドンくさく、
しかも、人より多分に個性的だったからだろうと思う。

いじめられるというのは辛い。攻撃側も去ることながら、中間地帯にいる多数派が、
関わり合いになりたくないということで、友達でないフリをしたり、無関心なフリをする。

あるとき、中間地帯にいるうちの一人がいった。「俺はいじめる側に廻ってないぞ、悪くないやろ?」

悲しくなった。各個人が不正を許すまじ、という土壌があれば、いじめなど起こらない。
ポリシーなく長いモノに巻かれる奴らは、加害者と変わらないのではないか、と当時思った。

沖縄戦での集団自決について、旧軍の直接的関与があったか、なかったかということが最近の話題になった。わたしは、旧軍の関与は本質的な問題と思わない。有事における集団への異常な同調圧力が、惨事を生んだことを教訓として未来に活かさなければならないと考える。

2つの事象の根っこにある共通点を考えてほしい。

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私には夢がある

http://www.yumearu.com/

「私には夢がある」は、とある有限会社の名前である。かなりユニークなネーミングだ。
おそらく、由来は、キング牧師の「I have a dream」から始まる名演説から取ったものだろう。

かなり元気で面白いページだ。
社長のプロフィールだけをみても、かなり型破り。

起業して「個人の夢づくり」を支援するというコンセプトを実現するために、
「勇気ある一歩を踏み出すきっかけづくり」をしたいのだそうだ。

(どっかで聞いたようなフレーズだな)

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中谷彰宏公式サイト

http://www.an-web.com/

某メールマガジンに誘導されて、↑のサイトを訪れた。わたしの中で中谷さんは、本屋で著書を見て、名前くらいは知っていたくらいの認知度だった。

プロフィールを見ていると、博報堂でプランナーをやり、その後独立。今は、講演やら本書きやら、さまざまやっているようだ。

「日記」のページをみると、年間に本を500冊読み、映画を200本見て、講演を200回こなす。まあ、この手の職業は、情報のインプットが生命線なのかもしれないが、それにしてもすごい。いつ寝ているんだろう?

大阪でも不定期にワークショップをやっているようで、少し興味を持った。

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