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2007年1月10日 (水)

クラシックコンサートの企画

最近、芋づる式に、興味の対象が増えてきて、際限がない。

職場の隣の部屋人が合唱好きで、「第九」以来、話しが弾んでいる。
わが職場では、昼休みの時間をつかって、ボランティアグループが定期的にコンサートを企画しているのだが、「企画する側になってみないか」と誘われた。

なかなか面白そうである。ただ、問題は、企画者が輪番制であること。だから、しばらく様子を見てみたいと思っている。悪いお話ではないので、条件が合えば、そのような方面のボランティアに手を拡げてみるのも、一興だとは思っているが。

わたしの基本的姿勢として、「時間の損益分岐点を上げない」ことがある。
つまり、義理立てのために時間を費やすことはやらないというスタンスだ。

ボランティアはよいことだ。でも、人から強制される活動は、ボランティアではなく強制労働になってしまう。

複数の趣味の会をこれまで経験してきて、「入会はたやすいが、会を続けること、会を抜けることがはるかに難しい」、というのがわたしの実感である。入会するときは「自由にやっていいよ」、と言っておきながら、入会した後は「これこれの義務がある、それが会の掟」「会のカラーは○○だということになっている」という、「名目は個人主義、実質は集団主義」の会は、意外に多いので注意が必要だ、ということが最近わかってきた。

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2007年1月 8日 (月)

趣味は財産

クラシック喫茶で、「わたしは、昔ピアノやってたけど、嫌気して辞めた」という話を、マスターにした。「そら教え方やで。ええ先生につくと、ずっと続けられるんや」

なるほど。「走るのと一緒ですねえ」と、わたしは応じた。

プロ目指すんちゃうねんから、教育者は、一生楽しめる基礎を作ってやればいいのに。
ついつい、プロ指向に流れるのが欠点なのは、両者の共通点だと思った。

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陸上競技 審判員

土曜日に、トライアスロンクラブの新年会に行ってきた。
そこで、おもしろい話しを聞いた。

「陸上競技の審判員はおもろいで。1日講習でなれるし」

最大のメリットは、「有名選手が目の前で見れる!」ということらしい。
運がよければ、有名選手を自らコールする場面もあるそうだ。
かなりのワクワク感が得られるそうだ。(ミーハーだねえ)

「そらええなあ~」と、すぐに飛びつくのがわたしの悪い癖。
4月に講習会があるらしいので、行ってみることにする。

ただし、「陸連登録者」が条件なので、年2500円の会費は必要である。念のため。

(わたしは、陸協所属なので、その点はクリアしている)

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クラシック喫茶・アマデウス【神戸・元町】

http://www.interq.or.jp/white/mirage-k/amadeus.htm

元町商店街に、クラシック喫茶を見つけた。ビルの地下にあるので、なかなか入る勇気が湧かなかったのだが、意を決して行ってきた。

結果として、たいへん良い収穫を得られた。

マスターは、クラシックにこだわりの人である。バブル崩壊、阪神大震災という2度の危機を越えて、20年近く「クラシック喫茶」として続けてこられたというのには、敬服。

それも、(いまはリタイヤされているようだが)当時は、サラリーマンとの二足のわらじ。奥さんがクラシック好みでないので、人を雇い入れて店を維持したので、「店一軒分の人件費を費やした」という。道楽も、ここまで入れあげれば素晴らしいものだ。

去年は、モーツアルト生誕250年ということでクラシックブームがあったそうだ。「これから、団塊世代がリタイヤするので、まだまだ頑張るよ」と張り切っていた。

店には、グランドピアノが1台。¥2000という廉価でプロ奏者の演奏が聞ける「演奏会」や、「うたごえ喫茶」、「大人のためのピアノ教室」など、いろいろな企画がある。

その日偶然に「演奏会」があるということで、さっそく参加してきた。ヨーロッパ帰りのその筋では著名な方のようである。「東京芸大を首席卒業」とあるので、並みではない。見ていると、ピアノを弾いているというよりかは、タイピングしているというほうがピッタリくる感じ。名人の技は、素晴らしい。

「インターネットの普及というのは怖さがあるんですよ。日本人は個人主義でないから、一部のものが意図したら世論操作なんて簡単だ」はマスターの言。

20年前に脱サラで道楽の趣味の店を開くなど、よっぽど個人が確立していないと出来るものではない。マスターは、相当な個人主義的な人と見受けた。

しばらく、その店に通ってみることにしたい。

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2007年1月 6日 (土)

【毎日新聞】官製談合摘発、国土交通省へ

新年会に行くまえ、喫茶店で毎日新聞を見て驚いた。

官製談合防止法により、公正取引委員会は、国土交通省本省をターゲットにするらしい。毎日新聞のスクープである。

(ネット版をチェックしたが、出ていなかったように思う。本紙のみか)

諸外国のように、一般競争入札を原則とすれば、こんな問題は起きなくなる。

指名競争入札制度は、品質を確保するための、江戸時代以来の日本的智恵だが、
時代に適合しなくなっているのであろう。

諸外国では、品質の確保は、競争相手を事前に限定することに行うのではなく、
損害保険の「与信枠」として取り扱われており、日本も世界標準にすればよいと思う。

たとえていえば、「倒産しそうな会社には、銀行がカネを貸さないので潰れる」のと
同じで、信用度は、官が定めるのではなく、市場原理に委ねるメカニズムのほうがよい。

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新年会

きょうは、最高の寝起きである。「睡眠前安静」の対処に伴う効果が著しい。

きょうは、トライアスロンクラブの新年会があったので、参加してきた。
アルコールは抜きである。

去年、国体でトライアスロンを完踏できたのは、クラブの助力あってのことなので、
何が何でも行くつもりにしていた。感謝の意を素直に表現できてよかった。

メンバーで不眠に悩む人がいたので、こないだの本の知識を教えてあげたら、
たいそうよろこばれた。

「就寝前安静」がコツというのは、意外な盲点なのかもしれない。
先日書いたが、睡眠のメカニズムが理解できれば、合点がいく。

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2007年今年の目標

2007年今年の目標

1 加齢を自覚し、時間の構造を変革します。

   これまでの3年で、目標を達成することの素晴らしさと同時に、過度は害悪であるとの教訓を得ました。そこで、今年は必ず、時間の構造を変革します。

2 耳、鼻、こころを愉しませます。

   「一万人の第九」に参加し、感じることの素晴らしさを体感しました。これまでの、読み、書きに偏っていた軌道を修正し、耳、鼻、こころを愉しませます。

   ①耳 音楽を聴き、歌います。ピアノを奏でます。

   ②鼻 においを愉しむ時間と環境を創ります。

   ③こころ こころを愉しませる科学を学び、実践します。

3 走る歓びを求めます。

   練習の月間距離、大会のタイムに代えて、走ることに対するテーマと歓びを探し求めます。

4 みずからのキャリアを開発します。

   英語、情報処理、土木、ボランティアの4分野で、急がず着実に、みずからのキャリアを開発し、ひとのネットワークを創ります。

5 知の世界を探求します。

   それでも、読み、書き、考えることは、私の最大の歓びです。

  今年も、知の世界をボチボチ探求します。

6 日々「ボランティアスピリット」を実践します。

   相手に適った行動や言動を行うように努め、ひとの好意を素直に受け止めることのできる感性を養います。

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2007年1月 3日 (水)

良い睡眠は、睡眠前3時間の過ごし方で決まる

今年は、正月早々、本に学ぶことが多い。
きょうは、睡眠に関する本を読んだら、かなり参考になった。

人間の体内時計は、日に当たることによって起床時にリセットされる。眠気を催すタイミングは、起床時から14~16時間したときである。すなわち、人間の自律神経系は、昼間の活動時は「交感神経」が稼動し、起床後14~16時間が近づくと「副交感神経系」が段階的に稼動する仕組みになっている。

良い睡眠は、ほとんどが入眠時の質によって決まる。「副交感神経系」を適切に稼動させるためには、寝る前に刺激を与えないこと、すなわち、寝る前3時間は、「PCを見ない、TVを見ない、珈琲やアルコールなどの刺激物を飲まない、食べない」ことが重要だそうだ。
 (もっとも、これを守るのは相当に厳しいような気もするが)

さらに睡眠の効果を上げようとすれば、運動は、「寝る前3時間前」までに終えることが重要と書いてある。

 (寝る直前の運動は、「副交換神経系」の稼動を阻害し、睡眠に害を及ぼす)

寝る前の「すきま時間」にやりたいことを詰め込む私には、耳が痛かった。

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2007年1月 2日 (火)

阪急電車の車両に住む人

ユニークなものですねえ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070102-00000001-rtn-l26

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親の因果が子に報い

「親の因果が子に報い」ということわざがある。

この正月は、この言葉を思い知った。

あることがきっかけで、交流分析に関する本を読んだ。交流分析は、精神療法の一分野で「ひとは誰でも3つの自我状態を持つ」という観点から分析を試みるものである。

ひとは、他者を刺激して「反応」を得ることで、欲求を満たす。自己を防衛するため、人生の早い段階で、適切な「反応」を得るための行動様式と時間の過ごし方を無意識に定める。(早期決断と呼ぶ)

ここでやっかいなのが、早期決断の時期に、両親から十分に良質な刺激を受けることができず、逆に有害な「禁止令」を受けた子供は、その後の人生においても、仕事や趣味を中毒的に行ったり、「お互いが不愉快な結果に終わる交流」(ゲーム)を行うことで、不足する欲求を補おうとする特性を持ちつづけることだ。

早期決断は、普段は無意識の世界に固定しており、人間の行動様式に終生影響を及ぼす。交流分析では「ゲームの方程式」として知られるが、ゲーム的交流を欲するものは、手当たり次第に「撒き餌」をし、それに「引っかかったもの」が生贄になり、交流が段階的にエスカレートしていく。その結果、お互いが不愉快な感情を味わう結末を迎える。

どうやら、わたしはゲームをしていたらしいと気付いた。今後は、わたしの無意識が悪さをしようとするときは、意識してゲームを中断することに決めた。人間って何て罪な存在なんだろう、と考えさせられる。

しかしながら、根本の構造は、早期決断の誤りにある。さらに踏み込んで解いていくと、父母両系の戦争体験が原因であることがわかった。わたしは愕然とした。60年前の戦争の因果が、子に、孫に報いていたとは。ちなみに、解決の道筋は「再決断による脚本の書き換え」が有効であると言われている。

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