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2005年10月31日 (月)

歩行者優先

以前にサイパンに旅行に行った。そうしたら驚くことがあった。

とある下町のスーパーの前に横断歩道があった。ぼーっと車を眺めていた。上下2車線ずつの道路でかなり広い。直線で車はビュンビュン飛ばしている。すると、車がハザードを出して次々と止まる。一瞬何が起こったのか分からなかったが、横断歩道に立っている私たちに道を譲ってくれたのだと理解した。日本ではお目にかかれない光景に感動した。

日本に帰ってから、歩行者最優先を実践してみようとチャレンジした。歩行者を確認したときには法規どおり停止してみる。しかし、やってみるとけっこう難しい。

こちらが止っても対向車が停止しないのだ。これはかえって事故を誘発する。さらには、左寄せでハザードランプを出して歩行者に道を譲ると、後続車が駐停車と勘違いして追い抜かれたことがあった。歩行者にとって相当に危険だ。不埒な車の対策として、中央線ギリギリに停車して、追い抜きをさせないようにブロックするというテクニックも、体験的にわかってきた。(笑)

しかしながら、最近、引っ越してから車をてんで使わない。電車駅から徒歩圏のわが家では、平日は車は駐車場の「こやし」だ。また、休日は、山に行くか走りに行っているので車の出番がまったくない。そこで廃車にしてしまった。せっかく身に付けたテクニックも、ペーパードライバーでは宝(?)の持ち腐れになってしまった。

いまでは免許証は身分証明書である。なんか車が恋しい。ひさしぶりにドライブをしてみたいなあ~

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2005年10月28日 (金)

出張runその2

今朝は、朝6時から湖畔を走ってきた。朝やけがきれいで満足できた。
いまからスーツに着替えて、本来の仕事に向かう。

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2005年10月27日 (木)

出張run

きょうは、出張先からである。幸運なことに、きょう滞在しているホテルは、インターネット環境が整えてあり、LANケーブルとPC持参で、普段とおなじネット遊びができる。

ここは、滋賀県の大津市。琵琶湖のすぐそばだ。湖が美しい。さきほど夜景をみながら1時間20分ほどJOGしてきた。普段と違う景色をみて走るのは最高だ。翌朝も時間があったら、また走ってみようと思う。

走る準備をしてきたので、荷物のほとんどはランニング道具だ。仕事をしにきたのか、ひとりで遠征にきたのか分からんような装備である。(笑)

きょうの晩は、夕食を食べながら懇親を深めるための飲み会だったのだが、ジョギングに備えてほとんど飲まずにセーブして帰ってきた。我ながら「はまっている」と思う。前回の投稿ではないが、凝り性なのだろう。

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2005年10月26日 (水)

凝り性で飽き性

わたしは、凝り性である。同時に、飽き性である。

興味の範囲は狭いが、その範囲のなかでは徹底的に凝ってやってしまうのが、わたしの気質である。学生時代は、コンピューターとアマチュア無線に凝った。

その当時はパソコンの草創期で、パッケージソフトが少ない代わりに、自分自身でプログラムを創る楽しみがあった。いっとき、将来の進路として、土木工学専攻にもかかわらずプログラマーを志望した時期もあった。所属していたコンピューターサークルの運営に携わることができたのも、いい思い出だ。

アマチュア無線は、大学入学直後、技術レベルの高いクラブに入会することができ、正統の技術論を初歩から指導してもらえたことがよかった。夏休みに教室を借りてモールス符号の聞き取り練習をした。また、屋外に無線設備を持ち出して仮設無線局を設営し、交信競技(コンテスト)に参加して交信技術を競ったりした。受験が終わりエネルギーがありあまっていたので、上級技士の資格も取った。学生時代の趣味が高じて、社会人になってから、仲間3人と海外に遠征するイベントを実行できたのもいい思い出だ。

オフタイムのみならず、仕事においても凝り性で飽き性である。まあ、中途半端に物事を済ませられないということは、利点というべきか、欠点というべきか。流れにあわせて要領よく方向転換ができず、納得いかないことは大勢に迎合せずに口に出てしまうので、つくづく損な性格にうまれついていると思う。(苦笑)

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2005年10月25日 (火)

ハーフマラソン

100kmマラソンが終わり、次の目標を11月6日のハーフマラソンに決めている。ようやく100km後の筋肉痛も癒え、練習を再開したところだ。

走り出してから1年、ハーフマラソンは1年前に1回しか出たことがない。記録は1時間50分だった。こんどはどこまでタイムを伸ばせるかが課題である。

「とりあえず完走」から脱却してスピードを増すためには、様々な方法論があるが、基本的には、目標タイムに合ったペース(レースペース)とジョギングペースとの差を埋める必要があるため、スピード練習を交ぜていくことになる。

わたしは、「しんどい」スピード練習は嫌いなので、コントロールランを好んでやっている。これは、ゆっくりペースからはじめて、1kmごとに5段階でペースを上げていき、それを2セットもしくは3セット行う方法である。

このトレーニングの利点は、じわじわとペースアップすることで、比較的気楽に取り組めるこことだと思う。ジムのランニングマシンは時速を調整できるので、この手のペースを可変させるトレーニングにはうってつけだ。

わたしは夏場、心持ち、このスピードトレーニングを取り入れたが、ウルトラマラソンの準備のために中断した。そうなので、ハーフマラソンの準備状況としては少しこころもとないのだが、去年よりはマシな成果が出るであろうと信じて、残り期間、準備にベストを尽くしたい。

今回の目標は、1時間45分に置いている。もし、折り返し地点で余力があれば、そこからペースアップして、できるだけ1時間40分に近づけるように努力したい。

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2005年10月23日 (日)

告白

好きな人に告白した。勇気が出なくて、対面ではなくてメールだった。

男性でも女性でも、要領を追わないひたむきな人が好きだ。
彼女は不器用な生き方の人だと思うが、ものごとに対する貪欲なチャレンジ精神が素晴らしく最大の魅力だ。それ以外にも、彼女は、私が備えないものをたくさん持っていて輝いている。そんな彼女にベタ惚れしている。

異性に告白するのは勇気がいる。これまで機会がたくさんありながら、告白できずにウジウジしつづけていた。対面ではなかったが、とりあえず気持ちを伝えられたことで、大きな肩の荷物をおろした気分でいる。

人を好きになるのも嫌いになるのも時があり、思いを受け入れてもらえるかどうかは、ひとえに彼女しだいだ。もし、彼女か思いを受け入れてくれるのなら、いままでの友人としての枠を超え、積極的に彼女にかかわっていきたいと思う。

もっとも、何事も「やりすぎ」が私の欠点であり、それは禁物と自戒しつつやっていきたい。

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赤十字救急法 救急員養成講座

先日、六甲全縦のボランティア用の教習で、救急法の概略を習った。

このとき、日赤兵庫のボランティア講師が説明を担当されたが、非常にわかりやすく興味を持った。そこで、そのときに紹介され、日本赤十字社兵庫県支部が別に主催する「赤十字救急法 救急員養成講座」というものに申し込んでみた。

12月第1週と第2週の土、日を使い、合計32時間もの時間が充てられる本格的なものだ。受講料は3,000円で、定員を30名に限定している。たまたま、チャットの友達でこの講座の受講生があり評判を聞いたところ、「非常に良い」との感想だったので、内容に期待している。

彼女は、この講座を受講したあと、街で怪我している通行人に応急手当をして救急車に引き継ぐまで面倒をみたらしい。たいしたものだ。わたしも、ハイキングのときなどに負傷者を見つけたとき、応急手当くらいはできるようになりたいものだと思っている。

この講習会は、日本赤十字社の各県支部で定期的に行っており、講習会の日程チェックと申し込みは、ホームページから出来るようになっている。

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練習の成果

11月に開催される六甲全山縦走に向けた練習を終えた。昨日は、これまでの総括として、10時間で約36km(須磨浦公園→六甲ケーブル山上駅)を踏破した。

今年は、8月下旬から合計5回の練習を主催した。練習の過程で、参加者は、飲料や食糧の補給、進行と休憩の時間配分、雨天や夜間の対策、装備の準備などの技術を会得できたと思う。

残暑厳しくギブアップしそうなときも、うっとおしい雨のときもよく頑張っていた。大会まで3週間を残してこれだけの成果を残せたことで、本番でよほどのアクシデントがない限り、完踏は確実になっただろう。

この大会は、標高差3000mを越えるアップダウンを伴い総延長50kmを超えるコースを、1日で踏破する内容であり、完踏は「ハイカーの卒業証書」に値するものだ。わたしは11月13日の大会当日、その「卒業試験」を見届けたいと思っている。

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2005年10月20日 (木)

読書:プロカウンセラーの聞く技術(創元社)

わたしは読書が好きだ。目的もなく本を探す本屋めぐりは楽しい。

著者は、何十年もカウンセラーを務める「聞くこと」のプロである。相手の話しを聞くことで信頼のできる人間関係を築きたい、という人のためにこの本を著した。言葉は易しいが、内容は深い。経験に根ざした含蓄がある。「相手を理解するために聞く」ことの何と難しいことか。わたしは、何度も読み返し、考えさせられた。

この本のエッセンスを2点紹介する。

<他人のことはできない>
人間は自分中心でものごとを考えています。そのくせに、あるいはその罪滅ぼしのゆえに、他人に何かをしたくなります。しかし、相手がしてほしいと思っている肝心のことはなかなかできないのです。相手のタイミングで話しを聞いてあげることが、相手に対してできる最大のことなのです。それ以外は、他の人のことはできないのです。

<情報以外の助言は無効>
カウンセラーやあなた自身に、聖者のかわりは務まりません。われわれは聞き手として、じっくり相手の話しを聞き、人格と乖離した助言を避け、話し手が自分自身で自分の人生の知恵を見いだすことを促進する以外に有効な方法がないのです。

人は、自ら「立つ」以外に問題解決の方法はない。著者は「他人」の限界をよくわかっている。自らを合理化するために、人を助けたり助言したりすることの安易さを厳しく戒め、「聞く」ことに徹せよと書いている。

この本は非常に良い。機会があればぜひ読んでいただきたいと思う。

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2005年10月18日 (火)

伴走

「伴走」(はんそう)というランニングの一分野がある。視覚障害者(ブラインドの方)とともに走るのである。

1年前に初めてマラソン大会に出たとき、ブラインドの方と、紐で繋がった健常者がともに走っている姿を見て感銘を受けた。

もしも私が「目かくしされて、20km走ってみろ」と言われても、転倒の恐怖感と、忍耐力が続かないことを想像してしまい、けっしてチャレンジしようとも思わないだろう。それを、ブラインドの方々は挑戦しようというのだ。立派である。

伴走する健常者側も技量が求められる。ブラインドの方は伴走者に「視界」を委ね、伴走者の指示に従うことになるので、進路を的確に伝える技術は必要だ。これに加え、相手の目標タイムで「安定して」走れる余裕ある走力も要求される。伴走者がヘロヘロになっていて自分のことで精一杯なら、的確に進路を指示をすることはできないからである。

このたびのツアーで、ブラインドの方と伴走者と同室になった。伴走できる走力がある人がいないのが悩みという。聞いてみると、フルマラソンを3時間少々で走破されるそうだ。3時間を安定して切ることができる人で、先程いった条件を満たす人はそうそうはいない。

健常者は、伴走者を募らなくても、自らの足と目で進路を判断して走ることができるのだ。もっと頑張らなければいけないと思った。

ちなみに、そのかたは、今回も100kmをめでたく完走された。

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さぬきうどん屋さん

四万十への行き道、昼食に高松の「さぬきうどん屋さん」に寄った。

今回のバスツアーの幹事さんは、高松に赴任していた当時、「讃岐に来たんだからうどんの打ち方でも覚えて帰らにゃ」と、弟子を募ってもいないのに押しかけ弟子になり、うどん打ちをマスターしたという。なかなか豪快である。その方が「弟子入り」したというお店に、案内してもらった。

ここは、いわゆる「さぬきうどんの聖地」らしく、大晦日にはこの店1店で、その町の人口に匹敵する(玉の)数を1日で売り上げるらしい。讃岐というのは、とんでもないところだ。(笑)

さぬきうどんは、大阪あたりのうどん屋と違い、基本的にセルフサービスである。用意してあるのは、うどんとトッピングの揚げ物などとだし汁。これらを組み合わせて選び、レジで清算するというシステムである。仕組みは、ミスドでドーナツを食うのと変わらない。店員さんがやるのは、うどんをゆでて出すのとレジ打ちくらいのものか。

トッピングが1個80円ほど、うどんが1杯200円ほどだった。非常に安い。美味かったので、3杯たいらげたら満腹になった。温かいうどんも、冷たいうどんも美味だった。

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2005年10月17日 (月)

100km完走

100kmマラソンを完走できた。6月に続いて2回目である。

ゴールでの制限時間が16時間から14時間に厳しくなり、今の走力ではさほど余裕がないと考えていたが、何とか、時間内の約13時間38分(手元の時計)で完走できた。自己ベストを約2時間短縮したことになる。

今回は、@niftyのFRUNで企画した13人のプライベートツアーに参加できた。これは、JTBが独占している高値の公式ツアーに対抗し、バスと宿を一括で借り上げたものだが、価格もさることながら、みなさんから刺激をもらって精神的に助けになった。
 (余談だが、1日目の昼に食った「さぬきうどん」は、本格的で旨かった)

コースは、スタートから20km付近に標高600mの峠を越えるが、そこからは基本的には下り基調でゴールまで向かう。峠を越えると四万十川沿いを延々と走るので、山と川が調和した景色を堪能できる。途中で、名物の沈下橋なども通った。
 (沈下橋は、橋が「沈下」するのではなく、水かさが増して橋が水没したときのため、道路の高さより上に手すりなど何も作らない、「のっぺらぼう」の橋)

このコースは、応援がすばらしい。約1500人のランナーのために、沿道に何千人もの人が出て応援してくれ、しかも応援が「お座なり」でなく心がこもっていると感じた。ウルトラマラソンのコース後半は、走力の違いで到着時間に5時間以上の差が出るので、応援するだけでも大変なのである。本当にありがたいことだった。

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2005年10月14日 (金)

四万十川ウルトラマラソン

この週末に四万十川ウルトラマラソン(100kmの部)に参加する。

今年の元旦の計として100kmの完走を掲げ、6月のしまなみ海道ウルトラマラソンで目標を達成できた。(15時間40分)
その余勢を駆って、今回の四万十川にも申し込んだ。この大会は人気が高く、高倍率の抽選を通らないと出場できないということで、ダメモトで申し込んだが、運良く(悪くも?)当選してしまった。

6月の初ウルトラのときは、毎週末に50kmジョギングしたり、予行演習として70kmマラソンに出たりした。しかし、今回は夏の暑さに負け、長距離の走りこみは皆無に近い。7月、8月と短距離を積み重ねて400km走りこんだことだけが頼りだ。いまある走力と持久力の実力の範囲内で、無理せずに走ってこようと思う。

今回は、幸いにも@NiftyのFRUNでバスツアーを企画してくださるかたがあり、貸切バス&宿泊ご一行に交ぜてもらえることになった。バスの中などでの、ランナー同士の交流なども楽しみだ。

明日の朝、神戸を出発したバスは、高松での「さぬきうどん」昼食を経て、現地着。夕方に本部主催の前夜祭に出席。宿で仮眠。日曜日の朝5時半にスタート。運がよければ、19時半までにゴール到着(制限時間14時間)。お風呂と打ち上げ会のあと、月曜の早朝に神戸着、といった行程である。

帰ってきたら、またこの場で報告を書こうと考えている。

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虚無感

「最近、虚無感に襲われる」という相談を、ある人から受けた。

その人が言うには、いままでにない感情らしいが、29になるまでは虚無感に襲われることなく平穏に過ごせてきたというらしい。ただし、それが良いことなのかどうかは微妙に思う。30年も生きていれば、得体の知れぬ空しさに襲われる場面があることは、ごく普通のことだと私は思うけれども。

家に例えると、頑丈な家はたくさんの大黒柱で支えられているが、柱が少ない家は、1本の柱が揺らぐだけで不安定となり、建物は倒壊する。彼女はかつての私に似て、ワーカホリック(仕事中毒)人間なので、柱が少なくて不安定な家のようだ。スピードに昇進による仕事の過重も背景にあるとの印象を受けた。

女性の場合は、30才ごろに人生の大きな転機を迎える。男性は、会社に飼われているケースが多いので、結婚や二世の誕生などの個人的なイベントがあっても、女性に比べて環境の変化が小さいが、女性の環境変化はストレートだ。そこに、男性にはうかがい知れない悩みやストレスの源があるんだろうなぁ・・・・ なんてことを今日は感じた。

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2005年10月12日 (水)

救急法講習会

きょうは、六甲全山縦走のボランティアの講習のひとつである、救急法講習にいってきた。

以前に、消防で「怪我の処置」を習ったことがあるが、あまり楽しいとは思わなかったので、あまり期待せずに出向いた。

救急法講習は、2日に分けて開催するということで、今日は90人ほど出席であった。すでに退職したと思しき年令の方が大部分。わたしは、90人の中でも、最年少に限りなく近い。

講師は、日赤兵庫県支部のボランティアさん。お歳は60代半ばで、このかたもリタイヤ組に見えた。三角巾を使って怪我の応急処置を、具体的に教えてくれた。

三角巾の折りたたみ方、腕・肩・足首などの固定の仕方、巾の結び方などの実技の手際のよさもさることながら、冗談を交え2時間のあいだ人をそらさない話術に、満足して帰ってきた。

(もっとも、怪我の応急処置をマスターできたかどうかは、別問題・・)

今まで高かった「救急法」の敷居が、今日で少し低くなったような気がした。日赤では、救急法の講習会をしているようなので、機会があれば参加してみたいと思った。

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2005年10月11日 (火)

雨の全縦練習

きのうは、六甲全縦の練習をした。

日没までに摩耶山上までたどり着けるように、須磨浦公園を8時30分に出発した。

はじめのうちは、曇ったり晴れたりしていたが、午後になり、神戸電鉄鵯越駅のあたりから本格的な雨となった。同行者は、雨でのハイキングの経験がなかったようなので、いい練習になったのではないかと思う。

きょうの成果は、市が原まで7時間30分。今回の成果は、雨でのコースコンディションの悪さを考慮して評価する必要があると思っており、全体的に前回に比べると、持久力の面で良い仕上がりになっていたと思う。

特徴的だったのは、上りで暫く耐えて下りで息を整えるパターンが身につき、前回にくらべて休憩が減ったこと。(まだ減らせる余地は多いと思うが)もうひとつは、階段練習に精を出した同行者の1人めざましい成長ぶりであった。

市が原への到着が午後4時すぎ。雨による天候不良と、ヘッドライトを携行していないことを考え、目標の摩耶までは行かず、新幹線新神戸駅へエスケープして練習を終了した。

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2005年10月10日 (月)

親の子離れ

「生きがい」は自分で見つけるものだ。

「生きがい」が確立できていない人は、世間に人に時間に流されて過ごす。世間なみに、仕事して結婚して子供を産み育てるという「行事」をこなしている間は、刹那の空しさを忘れる。これは与えられた「期間限定の生きがい」だ。

しかしながら、仕事には定年があり、子供は巣立つときがくる。そのときに「生きがいの期間」は終わり、「人生の目的探し」という命題が再び個人にふりかかる。

子育てでいえば、子が成長すれば親は生きがいを失う。健全な親は現実を受け入れて違う目的に転換するが、受け入れられない親は子にしがみつく。その結果、親は子に依存しつづけ、子は自立できない。溺れるものは藁をも摑む。

その打開策は、藁を無くすことだ。藁を無くせば溺れ死ぬので、必死で浮かびあがって生きがいを自ら探すしかなくなる。必死で浮かんでも溺れ死ぬようならば、そのときは誰かが救いの手を差し伸べればよい。

私の親は、私という藁を摑んで離さなかった。そうなので、実家からの独立という形で離れた。わたしが成長して摑まれても沈まない強さを備えるようになれば、親孝行で恩返しするときだと考えている。

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2005年10月 9日 (日)

六甲全縦ボランティア

申し込んでいたボランティアに当選したとの案内が来た。

応募したのは、六甲全山縦走大会の運営補助である。大会は、11月13日(日)と11月23日(祝)の2日間開かれる。13日は自分自身が選手として縦走するので、23日の部に申し込んだ。役割は、コース誘導らしい。旗を持って立ち番をするのである。
(寒いやろな・・・・)

本番までに、事前に役割分担の説明会と救急法の講習会がある。

救急法などを実際に使う場面は、かなり少ないと思うが、これも余禄と思ってありがたく受講しようと思う。ハイキングにせよ、サイクリングにせよ、救急法は、アウトドアに出て行く場面が多い私にとって、邪魔になる知識ではないからだ。

先日も書いたが、先々週、怪我の場面に遭遇した。そのときに、何も出来なかったことが残念だった。救急車が来たときには、外傷の応急処置くらいは済ませて引き渡せるくらいになりたいものだ。

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2005年10月 8日 (土)

26才での他界

チャットでの友人が26才の若さで亡くなった。脳腫瘍だそうだ。

脳腫瘍は、10万人に10人以下という稀な発生率の病気だそうだ。
まことに不運というしかない。

彼とは、2年ほど前から親しくしていた。亡くなる10日ほど前に大阪に来る用事があるといって、梅田の串かつ屋で2時間ほど話した。酒に弱い私が、非常に高揚して生ビールの中ジョッキ3杯も飲んで、帰りは千鳥足になった。それほど会話が楽しかったのだ。

「不遇のときも彼女が支えになってくれた。結婚はいいよ」新婚であるという夫婦の絆を感じた。新しいマンションも買ったばかり。仕事ではその若さで取締役の要職に就き、まさに公私とも順風満帆であった。死の影はまったく感じられなかった。それが、突然の訃報である。

わたしは、彼に比べれば1.5倍も馬齢を重ねている。にもかかわらず、人生において何をなすべきなのか、この歳になってもよくわからない。

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2005年10月 7日 (金)

テニス教室

わたしにとっての課題であるテニスをかじってみることにした。

きっかけは、社内報に出ていたテニス部主催のテニス教室である。10月と11月は多忙なのによせばいいものを、衝動的に申し込んでしまった。6回のレッスンで¥2000は安い。

きょうは、レッスンの第1回である。

まず、球を打たせてもらう。鈍い音がして「まともに当たってない」のはよく分かるが(笑)、それでも楽しい。次にフォアの基本を教えてもらった。手首をかえさないで打つこと、球が当たってからもラケットをかえさずにゆっくり振りぬくこと、右足を引いたスタンスを取ること、などである。

1日目のこと、球のコントロールは思うにまかせないが、それはそれなりに面白い。慣れたらハマるんだろうなぁ。それにしても、ランニングと違って技巧がいるスポーツというのは、体力勝負と違って別の難しいもんがあるねえ、という感じはしました。

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2005年10月 5日 (水)

努力に比例しない成功

わたしは、プロセスを重視するタイプである。

この間、とある人に「あなたは努力家だから成功するよ」と言われた。その言葉をありがたく受ければいいものを、「努力したって成功するとは限らないよ」などと言ってしまった。ひねくれものと思われたかもしれない。舌足らずで誤解されたかもしれないが、本人は大真面目である。つまり、次のようなことだ。

努力した結果成功しなかったときに努力なりの評価を期待していた人は、努力したことを無意味と思ったり、努力を評価しなかった周囲をうらむのではあるまいか。(昔の私がそうであった)

人生は、努力とリターンが比例する単純な方程式ではなく、実は努力しない割に意外と成功する場面もその逆もあるのだと知るべきだ。そうすれば、気まぐれな人の評価に振り回されたり成功に驕ることもなく、自分自身の「声」を聞いて淡々と物事に処していけるのではないかと思う。

きょうは、ちょっと哲学的すぎましたか?(笑)

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ストレスマネジメント

きょうは、健康保険組合の主催による、ストレスマネジメントの講演会に行ってきた。

はじめに簡単なテストを受けた。

過去1年に発生したストレスの原因となる出来事に○を付けて点数化する。さらに、ストレスに起因する心身の症状に○を付けて点数化する。2つの点数をクロスすると結果が得られ、わたしの場合は、「ストレスのモトも少なくストレス症状も少ない」という「お気楽人生」であるということが、改めて立証されてしまった。(笑)

次に、ストレスのモトが多い人でもストレス症状を軽減できる方法について聞いた。体をリラックスさせるリラクセーションや、積極的にストレス症状を軽減するための方法についても説明された。とくに、有酸素運動は、ストレスに起因して発生する「物質」を消してくれる効果があるらしく、この点でもわたしは、ストレスがあまりないくせに、有酸素運動ばかりしてストレス発散している、ストレスマネジメントの優等生である。(笑)

この講演を聞いて感じたことは、人生を計画的に過ごすことが、ストレス症状を軽減して「人生の質」を高めるものであるということだ。

社会生活を営む以上は逃避的人生を送りつづけるわけにはいかないのだから、ストレスのモトからは基本的には逃げられない。そこで、余暇は趣味を多様化してせいぜいリフレッシュして過ごし、やるべきことは集中して取り組もう、というようなことを思った。

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2005年10月 3日 (月)

よい不動産を買うには

いっとき、わたしは不動産をかなり研究した。きょうは、その成果の一端を披露したい。

家を買うには様々なアプローチがある。ハウスメーカーは、派手な広告宣伝の費用を価格に転嫁する。建売住宅は、仕入れは安いはずなのだが品質に疑問がある。地場の工務店は、施工者による管理がきちっとしているところが多いように思うが、会社による出来の差が大きい。

そこで私は、土地仕入れ、設計、施工、監理の分離を勧める。土地仕入れは、不動産業者に依頼する。施工は、地場の工務店に頼む。ただ、土地仕入れと監理は設計と連動するので、当初から建築士を介在させる。非常に手間はかかるが、設計監理料を払っても高品質で安価な住宅が得られると思う。

ここにたどり着いて、マニアックなわたしは、さらに違うアプローチも研究した。

ひとつは中古住宅である。新築の住宅は、人が住んだ瞬間に、価値が2割から3割も減価する。不動産流通をモニターして、「新古品」の住宅が出るのを待つ方法を学んだ。もうひとつは、みんなでまとめて土地を仕入れ、建築士を頼む方法だ。この方法だと、建売住宅に似た経済性と、オーダーメイドの設計による自由性、監理による品質の確保が全て得られるのである。

というわけで、いろいろ研究したが、結果的には、築30年近くの中古マンションを昨年手に入れて落ち着いた。階段を5Fまで上がる必要はあるが、70平米の広さがワンルームの家賃並みの出費で手に入ったことに、非常に満足している。

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2005年10月 2日 (日)

淡路島サイクリング

昨日は、淡路島にサイクリングに行った。8月に続いて2回目である。目的は、自転車で淡路島の海沿いを走り、海に沈む夕日を眺めること。さらには、サイクリング仲間と「仲良く」なることだった。

淡路島の東海岸から大阪湾と対岸の泉南をながめ、西海岸にわたり、慶野松原という名勝から播磨灘を眺め、仲間と2人で沈む夕日をみた。真っ赤に燃えた夕日は、ほんとうにすばらしい。

仲間とは、たくさんの話しをした。個人の身の上話も多く聞いた。微妙な話を明かしてくれたことに、相手の誠実さとまじめさを感じ、強く惹かれた。私の器で出来ることは、ただ聞くに徹することだけなのかもしれないが、助力できることが何かないんだろうか、と思っている。

サイクリングがあと30分ほどで終わろうとするころ、先行する私が暗い場所でブレーキをかけたために、後続の仲間が転倒して右腕を強く打ってしまった。怪我を現場で処置できず救急車で搬送される。大事には至らなかったようだが、責任を感じた。無理な行動は決していけない、という戒めにしなければならない。

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